アメリカ音楽からの解放が「新たな創造」につながった
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アルバム『ラバー・ソウル』(1965年12月3日発売)①
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いよいよビートルズ第2章である。
このアルバムに、翌1966年の『リボルバー』、そして『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』(67年)は、いわゆる「中期ビートルズ」の、いわゆる「3部作」だ。
そしてビートルズの創造性がピークに達した時期だと言っても、異論はそれほどないだろう。
では「初期ビートルズ=第1章」と何が違うのか。当時のビートルズの面々に架空インタビューしたい。
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ジョン「忙し過ぎるんや!」、ポール「コンサートツアーが特に疲れるねん」、ジョージ「ワシも大人になったし」、リンゴ「いつまでも好き好きアイ・ラブ・ユーでもないやろ」。
そして4人が声を揃えていうのが「曲作りが楽しい。録音がおもろい。ええアルバム作りたいねん!」。
まずは世界的人気沸騰にまつわるストレスからの逃避願望。また急速に進化するメンバーの作詞・作曲・演奏技術と同様に進化する録音技術。さらに第2次大戦後に生まれた世界中のベビーブーマーが成人し、レコード(LP)というメディアを受け入れる環境が整い始めたこと……。
それらを背景とした「第2章」の皮切りが、65年の暮れにリリースされた『ラバー・ソウル』だった。
後日紹介する『サージェント・ペパーズ~』ほどに、明快な全体コンセプトがあるわけではない。
しかし全体的傾向としては、まず「暗い」。言ってみれば「好き好きアイ・ラブ・ユー」の次の世界、別れとか孤独とか、何だか面倒くさい辛気くさいことを歌い始めている。
次に「アコースティック」。これまでよりアコギが印象的なのだ。「エレキでロックンロールでイエイ!」という気分の反動か(そのまた反動で『リボルバー』ではエレクトリックになるのだが)。
でもいちばん大切なポイントは「アメリカ音楽からの解放」だと私は考える。
「影響を受けたロックンロールや黒人音楽を再現したいんや!」という気持ちがある程度満たされたのだろう。「ここからは、俺らなりの新しい音楽作ったるで」という気概が、文字通りの「新しい音楽」の創造へとつながったのだ。
タイトルの『ラバー・ソウル』は、直訳すれば「ゴム製のソウル音楽」(「ゴム製靴底」とかけている)。
本場アメリカ製ではないけれど、自分たちなりにアメリカ音楽を咀嚼し熟成してやっていくという意志の表れだ。
「さぁ第2章や、やったるで!」
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