クドカン脚本「ゆとりですがなにか」が“ゆとり世代”のカウンターパンチに
ちょうど10年前の2016年6月、放送中だったのが、クドカンこと宮藤官九郎脚本「ゆとりですがなにか」(日本テレビ系)だ。タイトルの「ゆとり」は「ゆとり世代」の略。1987年4月から2004年4月にかけての生まれで、いわゆる「ゆとり教育」を受けて育った世代を指す。
ドラマが放送された当時、「ゆとり世代」の若者たちは怒っていたはずだ。社会人になった彼らは、「使えない」「覇気がない」「ガッツが足りない」「言われたことしかやらない」と酷評された。さらに「ライバル意識がない」「危機感がない」「緊張感がない」と言われ放題だった。
思えば、彼らもかわいそうなのだ。好きで「ゆとり」をやってきたわけではない。学校の土曜休みも、薄くなった教科書も国が勝手に決めたことだ。それでいて学力低下となったらポンコツ扱いじゃあ、文句のひとつも言いたくなる。そんな彼らの声なき声を感知したクドカンが、ドラマの形でカウンターパンチを繰り出したのがこの作品だった。
まず、登場人物たちのキャラクターが光る。主要人物は、食品会社勤務の坂間正和(岡田将生)、小学校教師の山路一豊(松坂桃李)、客引きの道上まりぶ(柳楽優弥)、そして正和の同期にして上司、しかも恋人の宮下茜(安藤サクラ)だ。


















