『イン・マイ・ライフ』のけれん味ないリズムが「老成」した歌詞とぴったり
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アルバム『ラバー・ソウル』(1965年12月3日発売)⑤
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■『イン・マイ・ライフ』
「老成」という言葉が浮かんでくる曲である。
このときジョンは弱冠25歳。でも今の25歳とは違う。戦後生まれで、当時まだ10代後半だったベビーブーマーが世界中にうようよいた時代。1940年生まれの25歳はお兄さんである。
さらに他のメンバーに先駆けて、さっさとシンシアと結婚し、さっさと長男ジュリアンが生まれている。ある意味、老成しても当然なのだ。
歌詞の内容は、人生を振り返って、忘れられない場所や人のことを思い巡らせるもの。そして「それら以上に君を愛する」──。
まるで死の間際、ベッドの上で愛妻に語りかけるような内容である。
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ただ、それでもジョンは、この段階でまだオノ・ヨーコとは出会っていないのだから驚く。
25歳でこの曲を書き、翌年26歳でヨーコと出会い、31歳で『イマジン』を発表し、そして40歳で凶弾に倒れる。何と濃密な人生だろう。
中期ビートルズのテーマは、ポップスからアートへの転換だったと言っていい。音楽性も歌詞も複雑さを増す一方。まるで複雑こそが高尚とでも言わんばかりに。
そんな中『イン・マイ・ライフ』は音楽的側面でいえば、実にけれん味がないものと言っていい。リンゴが叩いているのも、ファーストアルバムの『アンナ』と同じ、何とものんびりとしたリズムパターンだ。けれん味や虚飾のないメロディーやリズムが、先の老成した歌詞とぴったり合っている。
だって死の間際の脳内に、複雑な転調やリズムが流れ出す人間なんて、いるわけがないではないか。
そんな中、唯一のけれん味といえば、試聴リンク再生時間「1:28」からの、ジョージ・マーティンの弾く間奏のピアノだ。
ゆっくり弾いたものを倍速で再生している結果、実際に弾いたものよりも、1オクターブ高い音程で鳴っている。
逆にいえば、間奏最後のおそろしく速いメロディーは、完成音源の半分のゆっくりしたテンポだったからこそ、弾けたものだった。
その後、遠く離れた日本で、この倍速再生を導入し、自分の声を1オクターブ高いロボットのような声に加工した珍妙な曲を作る若者たちがいた。ザ・フォーク・クルセダーズである。
その曲は、もちろん『帰って来たヨッパライ』(67年)。
世界中にうようよいたベビーブーマーが、ビートルズに触発された「青春イン・マイ・ライフ」を謳歌するのだ。
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