NYの救急救命隊を描く「アスファルト・シティ」人間を性悪説で喝破した救いようのない物語

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人命を救う英雄の内面はボロボロなのだ

 映画の冒頭は体に弾丸を浴びたストリートギャングを運ぶ場面。被害者は全身に所狭しと入れ墨をしている。どう見ても堅気ではない。いつ死ぬかわからないヤクザ世界の人間をここまで真剣に救う必要があるのかと思案してしまう。

 新人のクロスは様々な人々に直面。救急車に付き添った老女から「救急隊員は役立たずだ。あんたの尻にこの指を突っ込んで匂いを嗅がせてやろうか」と悪態をつかれる。犬に噛まれた少年の手当ての現場は、ピストルを振り回すギャングどもの巣窟だ。

 このようにニューヨークの汚い部分が見本市のように次々と登場。見ているこちらは「こんな街で働いていたら、まず救急隊員が精神的に壊れるだろう」と暗澹たる気分に陥ってしまう。そのあげくラットの苦悩が限界に達し、暴走するという構成だ。繰り返すが、救いようがない。

 本作を見て「タクシードライバー」(1976年)を思い出した。この映画の主人公は夜のニューヨークを走りながら、街をゴミ溜めとして憎み、その精神は狂気に向かった。本作に登場する救急隊員たちも大差ない。黒人やヒスパニック、アラブ系など様々な患者と接するうちに心が蝕まれていく。人命を救う英雄の内面はボロボロなのだ。

 本作でメガホンを取ったジャン=ステファーヌ・ソヴェール監督はこう語っている。

「ブルックリンの救急隊に同行してすぐわかったのは、低所得地域の人々はお金がないので病院に行けず、救急車を呼ぶ最後の最後まで耐えているということだ。保険に入っていなければ、救急搬送や入院、その後のフォローアップ治療は途方もない金額になる。この制度のもとで、なんとか生きている人々の姿に衝撃を受けた」

 また救急隊員の精神状態については、

「患者だけではなく救急隊員も、低賃金に加え長時間労働やトラウマになるような体験からメンタルをやられている」

 ゴミ溜めの街で救急隊員にふりかかる修羅場と葛藤を詰め込んだ「アスファルト・シティ」。物事の本質を暴こうとする米国の映画人の逞しい探求心に脱帽だ。こんな映画は何事も美化したがる日本人には作れない。(配給:キノフィルムズ)

(文=森田健司)

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