シリーズ「占領下の日本社会」(38)自主裁判を取り下げ、東京裁判に期待した吉田茂たちの自己満足
戦犯自主裁判の勅令案が結果的に現実化しなかった理由は、確かに昭和天皇がかつての臣下を自らの名で裁くという事態を嫌ったということが主たる要因である。しかし、当時の状況をより精密に見ると、途中から消極的になった外相・吉田茂の姿勢なども影響しているように思われるのだ。
吉田は…
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