「シリアの家族」小松由佳著
「シリアの家族」小松由佳著
ちょうど1年前の2024年12月8日。54年にわたってシリアを支配してきたアサド独裁政権が崩壊した。この歴史的大転換を、著者は我が事として体験した。
ドキュメンタリー写真家の著者は、シリアでラクダの放牧をなりわいとするアブドゥルラティーフ一家と出会う。古都パルミラを拠点とする総勢70人もの大家族だ。著者は一家の十二男、ラドワンと引かれ合う。だが、「アラブの春」を機にはじまり、十数年続くことになる内戦で平穏な日常を失う。ラドワンは政府軍に徴兵され、六男のサーメルは政治犯として逮捕され、一家は難民となって離散してしまう。
脱走兵としてヨルダンに逃れたラドワンと著者は結婚、日本で暮らし、2人の息子を授かる。夫はアラブ民族の男の伝統から家事や育児はいっさいやらず、心と時間のゆとりを重んじて意図的な低収入生活を実践する。家庭内で異文化が衝突し、生活のすべてが著者の肩にのしかかった。
それでも、写真家魂と行動力は衰え知らず。2022年、親族訪問を口実にビザを取得し、単身、内戦下のシリアへ向かう。秘密警察の監視や親族による軟禁に耐え、破壊された夫の実家を記録にとどめた。命がけの取材だった。
それから2年後の12月8日、反政府軍が首都ダマスカス入城。アサド前大統領はロシアに亡命した。その8日後、著者は夫と8歳の長男と共にシリアに入国する。そして、逮捕された兄、サーメルが収容されていたサイドナヤ刑務所を訪れる。「人間虐殺の場」と呼ばれる政治犯虐待の現場には、その痕跡が生々しく残っていた。数少ない生存者2人に話を聞くこともできた。
無残に破壊された故郷に13年ぶりに戻った夫は、何を思うのか。妻は静かに見守る。写真家であると同時に「シリアの家族」の一員という独自の視点から、シリアの人々の悲しみと喜び、強さと弱さ、絶望と希望を描いた本作は、第23回開高健ノンフィクション賞を受賞した。著者が撮影した口絵の写真から、シリアの人々の体温が伝わってくる。 (集英社 2420円)



















