著者のコラム一覧
田中幾太郎ジャーナリスト

1958年、東京都生まれ。「週刊現代」記者を経てフリー。医療問題企業経営などにつ いて月刊誌や日刊ゲンダイに執筆。著書に「慶應幼稚舎の秘密」(ベスト新書)、 「慶應三田会の人脈と実力」(宝島新書)「三菱財閥 最強の秘密」(同)など。 日刊ゲンダイDIGITALで連載「名門校のトリビア」を書籍化した「名門校の真実」が好評発売中。

注目の国立中高一貫校 学芸大附属ISSはどう台頭できたのか

公開日: 更新日:

「壮大な実験校であるISSは今後、日本の未来を担う人材を輩出していくと期待されている」と話すのは文部科学省初等中等教育局の職員。

 ISSとは中高一貫の国立校・東京学芸大学附属国際中等教育学校(練馬区東大泉)の略称。学芸大附属大泉中学と同附属高校大泉校舎を統合・再編する形で2007年に開校した。

 現在、東京学芸大の附属校は幼稚園、小学校、中学、高校、特別支援学校など、全部で12校ある。その中で中高一貫校はこのISSだけだ。「真の国際人を育てる」ことを目的に設立された。「現在、もっとも注目されている国立校」と話すのは大手学習塾のスタッフ。

「学芸大附属高校(世田谷区下馬)といえば、1971年から2016年まで46年連続で東大合格者数トップ10入りしている名門ですが、最近、人気に陰りが差している。17年の一般入試で受験者数が大幅に減ったうえに、入学辞退者も続出し、なんと定員割れを起こしてしまった。その背景には、深刻ないじめ問題の発覚などもあったものの、何より授業のカリキュラムに魅力がないことが敬遠され、私立の名門に流れてしまったんです。私立より国立を選ぶのが当たり前だったのは過去の話。国立の人気が凋落する逆境の中で、台頭しているのが同じ学芸大附属のISSなんです」

■今年行われたユニークな入試内容

 ISSは入試からしてユニークだ。学芸大附属大泉小学校(1学年90人)から半数の約45人が内部進学。一方、外部進学による入試には2つの方式がある。A方式(募集30人)は書類審査と面接に加え、入試当日に外国語作文(英語、仏語、独語、スペイン語、中国語、韓国・朝鮮語から選択)と基礎日本語作文。B方式(募集30人)は同じく書類審査と面接、入試当日は適性検査ⅠとⅡの2種類の試験が行われる。

 今年2月3日に実施されたB方式の試験内容を見てみよう。適性検査Ⅰでは理数系の問題が出される。数学的な設問が多いが、最後はかなり変わった問題だった。走るチーター、泳ぐマグロ、泳ぐイルカのイラストを見せ、イルカのからだの動きに近いのはチーターかマグロかをその理由も含め問うもの。適性検査Ⅱは社会系。今年はプラスチックゴミ問題が取り上げられた。与えられた資料を読み取って、自分の考えをまとめる力が試される。

「知識の量よりも、解釈力や表現力を見る問題が中心に出されています。ISSの特色である探究学習や協働学習(グループで問題に取り組む)に対応できる生徒を採りたいからです。なお、A方式での受験は帰国子女が中心になりますが、そうした枠があるわけではなく、海外経験のない生徒でも受験できます。また、帰国子女がB方式で受けることも可能で、実際そうして入学した生徒もいます」(学校関係者)

■東大合格者数は少ないが…

 ISSの人気の秘密は何だろうか。国公立大や有名私大にまんべんなく進学しているが、人気のバロメーターとなる東大合格者は毎年、卒業生130人のうちの数人にすぎない。なお、卒業生数が1年次の春に入学した人数より多いのは、以降に編入した生徒(主に帰国子女)がいるからだ。

「ISSが持てはやされている理由のひとつは、毎年30人前後、海外の名門大に合格していることが挙げられます。世界に羽ばたこうとする生徒やその父兄にとって、国内の有名大への合格実績はそれほど重要ではないのです」(前出・学習塾スタッフ)

 授業についても、国際人を育てるためのカリキュラムが組まれている。その根幹となっているのは国際バカロレア機構の推し進める教育だ。同機構は平和な世界を築くための若者の育成を目的に、1968年にスイス・ジュネーブで設立された非営利の教育財団。一国の制度に左右されない世界共通の大学入学資格を与えるプログラムを開発。ISSでは同機構が提供する中等教育プログラムを導入し、1~4年次の授業で実施している。

「16年度からは5~6年次を対象に、国際バカロレアの日本語と英語によるディプロマプログラムも開始。身近な国際的テーマを題材に、英語でディスカッションする授業もあります」(学校関係者)

 生徒に帰国子女が多いことから、どうしても語学教育の優秀さにばかり目が行きがちだが、ISSが実践するカリキュラムの長所はそれだけではない。「数学に関しても非常に優れていると自負している」と学校関係者は強調する。

「国際社会の一員として適切に行動する人間を育成する。そのための教科として数学を位置づけているのです。そして、数学的根拠によって判断する力を養い、現実の社会でも活かす。そうした理念を実現するために、ISSでは独自の数学のテキストを開発しています」(同)

■国際社会の一員になるために必要な「数学」

 受験校の数学はともすれば、詰め込み式の授業に陥りがち。大学受験には役立っても、社会人になるころには「微積って何だっけ、行列って何だっけ」といったように、習ったことの多くが忘却の彼方に消えてしまっている人がほとんどだ。要するに、身になっていないのである。一方、ISSでは数学が豊かな感性を養う全人教育的な役割も果たしている。数学もまた、語学と同じく国際社会で活躍するための重要なアイテムであり、血となり肉とならなければ意味がないという考えなのだ。

 すべてがうまく展開しているように映るISSだが、ここまでくるのにはさまざまな苦難があったと学校関係者は振り返る。

「当初しばらくは、統合した学芸大附属大泉中学と同高校大泉校舎の教員同士で激しい綱引きがあった。中学と高校ではやり方がいろいろ違い、どちらに統一するかで、ぶつかり合ってしまったんです。たとえば、中学では上履きを使用しているのに、高校では通学してきた靴でそのまま校舎に入る。上履きをなくそうという動きに対し、附属大泉中の教員たちは激しい抵抗を見せたのです」

 結局、管理職の裁定で上履きをなくすことに決まったが、一事が万事、こんな調子だったという。そうした対決が見られなくなったのもごく最近の話だとか。

「国際バカロレア教育が浸透し、教員陣の意識も変わってきた。過去に引きずられていない生徒たちのほうが進んでいる面は多く、そこに教員たちがやっと追いついてきた感じです」と学校関係者は話す。

 旧附属大泉中のOB・OGからは「母校の面影はすっかり失われてしまった」と嘆く声も聞こえてくる。だが、これも時代の流れ。国立校もかつての栄光にあぐらをかいていては生き残れないのである。=敬称略

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