津野田興一
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津野田興一都立日比谷高校教諭

1965年生まれ。東京都立大学大学院人文科学研究科史学専攻修了。現在、東京都立日比谷高校で世界史を教える。著書に「世界史読書案内」(岩波ジュニア新書)、「やりなおし高校世界史―考えるための入試問題8問」(ちくま新書)、「第2版 ポイントマスター世界史Bの焦点」(山川出版社)など。

英国敗北と米国建国…自主独立の邦が「自由の国」を造った

公開日: 更新日:

 ここに一枚の絵(①)があります。左側に5人の男性が描かれていますが、右側は未完成となっています。いかにも不自然なこの絵は、なぜこのようなものになったのでしょうか?

■Stateは州なのか?

 実はこの絵はアメリカ合衆国の独立に関連するものなのです。でも、その話をする前に、大前提を確認しましょう。アメリカの行政単位であるStateを、私たちは一般に「州」と訳しているのですが、日本に例えると何に相当すると思われますか?

 そりゃ、もちろん都道府県でしょう、と考えたあなた、それは日本的な枠組みでアメリカをとらえてしまっていると言わざるを得ません。

 16世紀から北アメリカ大陸に入植したイギリスはヴァージニア(1607年建設)からジョージア(1732年同)まで13の植民地を築きました。この「13植民地」は、それぞれ独自の議会を持ち、自主独立と自治の気風が強くありました。歴史学者たちは通常「邦」と訳すことが多いようです。これは「くに」と読みますね。つまり、Stateは「国」とほぼ同義語であると理解するのがいいでしょう。

■ボストン茶会事件

 さて、今から250年ほど前、13の植民地に対してイギリスは、1765年に印紙法を制定して課税を強化します。この時、13の邦々は「代表なくして課税なし」というスローガンを掲げて反発し、これを撤回に追い込みます。また、1773年の茶法に対しては、反発した急進派がイギリス東インド会社の船荷である茶箱を船から投げ落とした「ボストン茶会事件」(写真②)が起こり、植民地とイギリスとの対立が深まっていきます。

 この事件(Tea Party)は、アメリカの自由を象徴する出来事として人々の記憶に刻まれ、21世紀の現在において、政府による規制を嫌う「ティーパーティー運動」にその名を残します。もっとも、現在のそれは、保守的な運動としてトランプ大統領誕生の背景のひとつともなってしまいましたが。

■大陸会議

 重要な輸出品目である茶を台無しにされたイギリスは、軍艦を派遣してボストン港を封鎖します。自主独立の気風を持つ13の植民地は、代表をフィラデルフィアに集めて対応を協議しました。これが有名な大陸会議です。しかし、イギリスへの対応をめぐり各邦の態度は一致しませんでした。13の植民地は気候風土も気質も異なり、決して一枚岩ではなかったからです。

 しかし、現実は植民地の人々を追い越してゆきます。

 1775年にレキシントンとコンコードにおいて、イギリス軍と植民地との間で戦闘が始まってしまいます。独立戦争の始まりです。そして翌76年に2つの重要な文書が生まれます。

 ひとつがトマス=ペインによる『コモン=センス』。これは植民地人の多くが、イギリスとの和解を漠然と考えていたところに、独立こそがコモン=センス(常識)であると訴え、人々の意識を大きく変えました。

 もうひとつがフィラデルフィアの大陸会議で諸邦によって採択された独立宣言です。トマス=ジェファソンによって起草されたこの宣言文は、イギリス国王による圧政を批判すると同時に、自由を謳いあげたものでした(資料①)。

■欧州の参戦

 戦争は正規の軍隊を持たない植民地側が不利な状態で推移しますが、独立を獲得しました。外交交渉などが成功し、フランスが植民地側で参戦してくれたことが大きかったと思われます。ヨーロッパの他の国々もイギリスと敵対したため、1783年にパリ条約が結ばれ、イギリスはアメリカ合衆国の独立を認めざるを得なかったのです。

 冒頭の絵は、その時の様子を記録したものです。興味深いことに、イギリス側の代表が描かれることを拒絶したため、未完に終わっています。なお、中央の人物は外交交渉で活躍した、あのベンジャミン=フランクリンです。

■憲法制定

 さあ、これで「アメリカ合衆国」が成立した、と言いたいところですが、本当の試練はここからでした。敵であるイギリスがいなくなった結果、自主自立の気風を持つ13の植民地をどのようにまとめるのか? という問題と直面することになったのです。

 再びフィラデルフィアに各邦の代表が集まり、1787年に合衆国憲法を制定しました。国王のいない共和政を基礎とした三権分立によって、権力が極端に集中しないような仕組みを世界で初めてつくり上げたのです。そこには、「有徳の市民」が私益ではなく公益を優先させることで、権力の暴走を防ぐという共和主義の思想が込められていました。

 そして、この憲法に基づいて、独立戦争で活躍したワシントン(写真③)が初代大統領に就任しました。

■大統領とは

 アメリカ独立宣言の正式名称をご存じでしょうか。「アメリカの13の連合諸邦による全会一致の宣言」と言います。

 アメリカとは、それぞれが自主自立の意識を持つ邦であるStateが主体的に集まってできた国家なのです。その代表を決める大統領選挙が、なぜ現在もState(邦=州)ごとに投票を行ってゆくのかがお分かりになったかと思います。

 つまり、States(諸邦)からなるアメリカ合衆国の大統領には、より多くのState(邦)の支持を得た者が就任するのです。歴史の成り立ちから考えれば、ごく自然の結果なのでした。

 さて今回の大統領選挙では、さまざまな論点があるでしょうが、おそらくアメリカ合衆国における「自由」をどのようなものと考えるのか? ということに焦点が当たると思います。果たして「自由」の対象は、「ラストベルト」の人たちなのか、白人だけなのか、黒人やヒスパニック系らも含めたすべての人々のものなのか……。

 建国以来のアメリカ合衆国が抱えるさまざまな「宿題」を意識しながらも、アメリカの理想を語れる人物こそが、アメリカ合衆国の大統領にふさわしいと、私は考えるのです。皆さんは、どう思われますか?

■資料①独立宣言(1776年)

 われわれはつぎのことが自明の真理であると信ずる。すべての人は平等につくられ、神によって、一定のゆずることのできない権利を与えられていること。そのなかには生命、自由、そして幸福の追求が含まれていること。これらの権利を確保するために、人類のあいだに政府がつくられ、その正当な権力は被支配者の同意に基づかねばならないこと。もしどんな形の政府であってもこれらの目的を破壊するものになった場合には、その政府を改革しあるいは廃止して人民の安全と幸福をもたらすにもっとも適当と思われる原理に基づき、そのような形で権力を形づくる新しい政府を設けることが人民の権利であること。以上である。

 (改訂版「詳説世界史Bあ」山川出版社から)

■もっと知りたいあなたへ

植民地から建国へ 19世紀初頭まで
和田光弘著(岩波新書 2019年)924円(税込み)

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