元敏腕マル暴 櫻井裕一さん「暴力団員は表向き減っているが、どんどん地下に潜っている」

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櫻井裕一さん(元マル暴刑事)

 1992年3月の暴力団対策法(暴対法)施行から30年が経過した。この間、全国の暴力団構成員(準構成員含む)は30年前の9万1000人から2万4100人と3分の1以下にまで減少している。だが、「表向きは減っていますが、それは正式に認定した組員しか数えていないからです。今はどんどん地下に潜っている。犯罪がある限り暴力団はなくならない」と語るのは2018年に警視庁を退官するまでの40年余り、暴力団捜査の最前線に立ち続けた敏腕「マル暴刑事」だ。

 ◇  ◇  ◇

 ──櫻井さんは1976年に警視庁に入庁以来、赤羽署から始まって暴力団捜査一筋でした。暴対法施行から30年。暴力団の姿はどう変わりましたか。

 暴対法の効果は絶大でしたね。とにかくヤクザが、ヤクザという看板や威光でメシが食えなくなりましたから。暴力団のシノギ(経済活動)は伝統的に恐喝、賭博、債権取り立て、地上げ、薬物、みかじめ料などですが、暴対法以後は名刺も出せません。「誠意を見せろ」と暗にお金を要求する行為もアウト。ヤクザ者が出て行くだけでダメなんです。例えば赤羽署時代のことですが、みかじめ料を払わないキャバレーの前で稲川会の代紋と組織名が刺繍された半纏を着た連中が嫌がらせをしていたことがありましたが、暴対法以後は店の前に立っているだけで中止命令が出せます。それを無視したら再発防止命令で逮捕できるんです。画期的な法律でした。でも、大変だったのは暴対法施行前の準備室での作業でした。

 ──どういう作業があったのでしょうか。

 暴力団構成員と認定するには名刺があるだけじゃダメで、事務所に出入りしたり、当番表に名前が載ってるとか木札があるとか、複数の要件を満たす必要があるんです。その情報を各署員が集めて持ち寄り、組長を頂点としたピラミッド図を作るんです。1次団体、2次団体、3次団体があって理事長が誰で、若頭が誰とか。指示命令系統、月寄り(会合)の日程、上納金の流れを把握するのが大変なんです。聞いても教えてくれるものではありませんからね。

■「人間対人間」の醍醐味があるのがマル暴

 ──捜査員はどうやって情報を得るのでしょうか。

 暴対法以前は事務所でお茶を飲んだりして雑談の中で組長が代わるという情報を得ることもありました。でも今はヤクザ者も警察との接触を厳禁している組織も多いし、名刺も渡しません。警戒するから情報が取りにくくなりました。警察官が取り込まれる危険もあるから一人では会いませんが、そこはヤクザ者と刑事の人間関係。個人の器量に負う部分も多いのが実情でしょう。殺人事件の聞き込みだって「なんかありませんでしたか?」といきなり聞いたって教えてもらえるものではありません。とにかく何度も足を運ぶ。すると「実は刑事さん、あのとき不審者がいたんです」という話が初めて出てくる。人間関係ができてこその捜査です。

 ──そもそも「マル暴」とはどんな組織なのでしょうか。

 殺しなら捜査1課、詐欺や経済事件なら2課という具合に犯罪の種類によって警察は担当部署に分かれますが、暴力団を担当する4課、つまりマル暴はヤクザが絡んだ事件なら殺しでも詐欺でも薬物でもなんでも扱います。もちろんヤクザ者と直接、面と向かって対峙するのが仕事ですから向き不向きはありますが、人間対人間の醍醐味があります。だからこそ我々も組織の沿革や親分の来歴とか先代組長のこととかを知ることから始めます。今の親分だって、いきなり親分になったわけじゃありませんからね。なので頭から存在を否定するのではなく、彼らの流儀は流儀として尊重したうえで、犯罪を犯したら罪を償わせるのがマル暴の仕事なのです。今は女性捜査員も増えています。

組員は30年間で7割減

 ──暴対法の施行から30年。この間、改正を重ねて今では使用者責任で末端組員が起こした事件でもトップの組長を逮捕できるようになりました。警察庁が3月に発表した組織犯罪対策に関する統計によると暴力団員も30年前の9万1000人から2万4100人に減少しています。

 表向きは減っていますが、それは正式に認定した組員しか数えていないからです。今はどんどん地下に潜っています。暴対法以前は暴力を背景に組織として動いてシノギにしていましたが、今は組織名が使えない以上、暴力団員になるメリットがない。繁華街を歩いてて肩がぶつかったからって、オイこの野郎なんてヤツはいませんからね。景色が変わりました。だから個人個人で動いている。事務所への出入りもないし、名簿にも載っていないから認定されていないだけで、ヤクザの手足となっている輩はたくさんいます。いわばマフィア化です。

 ──犯罪の内容も変質しています。

 覚醒剤などの薬物は相変わらずですが、ヤクザの存在が表に出ないだけでオレオレ詐欺やビットコイン詐欺、ネット詐欺など直接的な暴力ではなく、人をだまして金を儲ける行為に犯罪が変わっています。でもその背後には必ず暴力団がいます。昔は泥棒と覚醒剤はご法度で、老人をだますなんて任侠道に反するという考えもありましたが貧すれば鈍す。背に腹は代えられないのでしょう。

 ──犯罪がある限り暴力団はなくならない、と。

 カタギ(一般人)が犯罪行為をして大金を得たという情報を嗅ぎつけた暴力団が、そのカタギを恐喝して上前をはねるケースもあります。警察には駆け込めませんから、食いつかれて取り込まれてしまうんです。

■接見禁止の組員に「荒木村重」の伝記を差し入れた弁護士も

 ──捜査手法や取り調べは30年でどう変化していますか。

 随分変わりました。以前は自白が最大の証拠だったから我々も“落とす”ために全力を注ぎましたが、今は完全に証拠主義です。自白をひっくり返しても大丈夫な証拠を集めるのが仕事に変わりました。平気な顔で「脅かされたから、しゃべった」と言う者もいますからね。弁護士もいろいろで、何も言うな、サインもするな、逐一メモしろ、と指示する者もいます。もっと悪い弁護士もいて、ある事件のときに逮捕した暴力団員に接見禁止がついていることがわかると、その暴力団員の所属する団体の幹部が弁護士を通じて戦国武将「荒木村重」の伝記を差し入れたんです。これは「裏切ったら身内を殺すぞ」という脅迫のメッセージですよ。弁護士だって意味はわかっていたはずです。私がたまらず「あんたは社会正義のために弁護士になったんじゃないのか」と言うと、指で輪っかをつくって「カネのためですよ」とうそぶいていましたから。だからこそ、起訴するためには何も言わなくても有罪になるだけの証拠が必要になる。今は通話記録も取れますし、防犯カメラもそこかしこにありますからね。

 ──ただ、反省してヤクザ稼業から足を洗っても映画「すばらしき世界」(役所広司主演)で描かれていたように、食えないという厳しい現実もありますね。

 問題はそこです。ヤクザを辞めてもいわゆる「5年ルール」で銀行口座もつくれません。高齢化も進んでいて刑務所から出てきても雇うところがない。私はその状況をなんとかしたいんです。これまでマル暴一筋でやってきて、捕まえて刑務所に送って終わりじゃなく、罪を償って組織を離れたら、ほったらかしじゃなく、世間がもっとバックアップしないと。捕まえたからもう知らないよ、では無責任ですからね。そうしないとまた組織に復帰したり、犯罪を犯して刑務所に戻ってしまう。暴力団は永遠になくなりません。

(聞き手=米田龍也/日刊ゲンダイ)

▽櫻井裕一(さくらい・ゆういち) 1957年、東京都生まれ。元警視庁警視。76年に警視庁入庁。組織犯罪対策第4課、渋谷署組織犯罪対策課課長代理、新宿署組織犯罪対策課課長などを経て、2016年から組織犯罪対策第4課管理官を務める。18年の退官時に、東京の治安維持に努めた功績で警視総監特別賞(短刀)を受賞。20年、「STeam Research&Consulting」を設立し、代表就任。著書に「マル暴 警視庁暴力団担当刑事」(小学館新書)。

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