「長嶋茂雄 永遠伝説」小林信也著/さくら舎(選者:中川淳一郎)
講談風に読める長嶋伝説の楽しさ
「長嶋茂雄 永遠伝説」小林信也著
長嶋茂雄さん逝去を受け、メディアは在りし日の偉業を称えるとともに「昭和が終わった……」と嘆いた。プロ野球を国民的人気に押し上げた華のある選手で、阪神ファンですら長嶋さんのことは好きだった。ベース踏み忘れ事件、天覧試合でのサヨナラ本塁打、ONコンビ、メークミラクルなどが定型句のように紹介された。
だが、正直かなりの割合の人が長嶋さんのどこがすごいのかよく分かっていないのではないだろうか。現在51歳の私ですら「セコムしてますか?」のCMの人、「魚へんにブルーで鯖」などの珍語録を駆使する面白いお爺さん、的なイメージしかないのだ。成績でいえば落合博満さんの方が上では、とも思ってしまう。
となれば巨人ファンを除き、若い人にはもっとイメージがないだろう。そこで、一体なぜここまで長嶋さんが特別だったのかを本書から探ってみたくなった。少年時代・高校時代・大学進学かプロ入りか悩む・デビュー年の活躍・ONコンビ・引退からの監督就任・屈辱の監督解任・浪人時代・巨人の監督復活を果たした後の劇的展開と続く。
全体を読むと長嶋さんが天真爛漫で善人であることと、天性の勘と努力が同氏の偉大なる記録と記憶につながっていることが分かる。特に印象的だったのは40歳の落合を1993年にFAで獲得した際のエピソードだ。さすがに成績は落ちており、打率.285、17HR、65打点と6番打者のような成績だった。だが、長嶋さんは獲得を熱望。「.280、15HR打てばいい」と言ったのだという。それよりもフィールドにもう一人監督がいるような状況をつくれることを重視したのである。実際、巨人は94年の10.8決戦を制し、優勝。落合の成績はなんと.280、15HRだった。
あと、高校時代唯一の本塁打が大宮球場のバックスクリーン方面に打ったもので、そこまで飛ばす高校生がいるか! と仰天されたエピソードも面白い。このボールを取ったのが巨人のスカウトで、後に長嶋家を訪ね巨人獲得を打診されるのだ。
本書は「ですます」文体で書かれているが、著者はこれを「講談・長嶋茂雄」的にしたかったと説明している。文章のテンポがよく、エンタメとしても良作となっているが、やはり長嶋さんが面白い人物だからそうなるのだろう。若いアナウンサーが台本通りにしゃべる浅く気のないエピソードとは別のイキイキした長嶋さん像が目に浮かぶ。そして、なぜ長嶋さんがここまで愛されたかも理解できる。それにしても浪人時代、大洋・西武・ヤクルトから監督就任のオファーを受けていたとは……。巨人一筋を通したことで伝説となった面もあるのでは。 ★★★