「TOKYO NUDE 100」安藤瑠美著
「TOKYO NUDE 100」安藤瑠美著
何の予備知識もなくページを開けば、書名にも誘引されて、収められているのは東京の風景写真だと誰もが思うだろう。
しかし、ページが進むごとに次第に違和感が募ってくるに違いない。
写るその風景は確かに東京なのだが、知っている東京のビル街の風景とは微妙にずれているのだ。まず第一に、人の気配が全くない。さらに、ネオンや看板類が一切見当たらず、なぜか街全体がのっぺりとした印象なのだ。
行き交う車の騒音など、あるはずの喧騒も伝わってこず、それらの風景は静寂に包まれている。実は、これらはレタッチという写真加工技術を用いて制作されたアート作品なのだ。
自ら撮影した東京の風景写真から、レタッチによって、広告や電飾のほかにも電柱や電線、建物の窓、そして人物など、ノイズになりそうな視覚情報を取り除き、写真によっては建物の高さを変えたり、移動したり、時に空に雲を加えて、幻想的な印象を際立たせているそうだ。
さらに、建物の色も変え、非現実的でありながら心地よい印象の風景を作り出しているという。
著者は、これらの東京の姿が「人間に装飾された文明という衣服を脱ぎ捨てた、東京の露わな姿=『TOKYO NUDE』」だという。
そう知って、改めて作品と向き合うと、また別の世界が広がってくる。
目の前のやや低めのビルから奥に向かって、いくつものビルが重なり合うように立ち並び、それぞれの建物に規格の異なる窓やベランダが規則正しく配置された作品があるかと思えば、ビルの側面から見た非常階段とそれを強調するように配色されたと思われる鮮やかなブルーの壁の模様が際立つ作品など、どれも建物やその外壁が作り出すリズムが心地よく、ピート・モンドリアンの抽象画さえ連想させる。
かと思えば、ガラス窓を多用した近代的なビルの横に窓部分に何かの部品をはめ込んだようなマンションのような建物を配置した作品や、大きな建物なのに全体に開口部がなく小さなタイル状の外壁材ですべてが覆われたビル2棟が眼前に迫るように並んだ作品など、眺めていると、そのドット状の壁面がモニターにも見えてきて何かを映し出すのではないかとか、集積回路の中に迷い込んでしまったかのような錯覚さえ覚え始める。
住宅街の風景を用いた作品では、全ての家の壁がレンガで埋め尽くされていたり、パステルカラーの壁や屋根瓦の連なりがどこか童話の世界を思わせたりと、より一層に現実味が失われている。
すべてがバーチャルの中に取り込まれ、「物質的な機能が不要になった」東京の未来の姿を描いたこれら作品が、私たちに多くのことを問いかける。 (トゥーヴァージンズ 4950円)