著者のコラム一覧
片岡健ノンフィクションライター

1971年、広島市生まれ。早稲田大学商学部卒業後、ノンフィクションのライターに。新旧様々な事件を取材し、新事実や冤罪を発見している。著作に『平成監獄面会記』、同書が漫画家・塚原洋一氏によりコミカライズされた『マンガ「獄中面会物語」』(共に笠倉出版社)、『もう一つの重罪 桶川ストーカー殺人事件「実行犯」告白手記』(リミアンドテッド)など。最新刊は2026年4月発行の『実録 死刑囚26人の素顔』(宝島SUGOI文庫)。

「今市事件」服役中の勝又拓哉受刑者「『有希ちゃんを殺してごめんなさい』って50回言わされた」

公開日: 更新日:

母への謝罪の手紙は「看守に書き直しを命じられ言われるままに書いた」

 裁判で大きな争点になったのが「母親に謝る手紙」だった。

 勝又受刑者は母のS子さんと一緒に14年1月、偽ブランド品を販売目的で所持したとして、商標法違反の容疑で栃木県警に逮捕された。この別件での勾留中、今市事件の容疑を追及されて自白。その直後に母親に送った手紙には、こんな謝罪の言葉がつづられていた。

〈今回、自分で引き起こした事件、お母さんや、みんなに、めいわくをかけてしまい、本当にごめんなさい〉

 彼は裁判で自白を撤回し、無実を訴えたが、20年に有罪が確定した。東京高裁の確定判決が彼の捜査段階の自白が信用できる根拠として挙げたのが、この母親への謝罪の手紙だった。

 なぜ、こんな手紙を書いたのか。今年6月初旬、S子さんと一緒に千葉刑務所で彼と面会した際、彼はこう振り返った。

「母に謝った〈自分が引き起こした事件〉というのは、今市事件じゃなくて、偽ブランド品の事件のことだったんだよね」

 台湾出身の彼は来日後、中学校で不登校になり、卒業後は職を転々とし、偽ブランド品の事件の容疑で逮捕された頃は無職に近かった。S子さんが生計を立てるため、台湾で買いつけた偽ブランド品を販売し、自分と一緒に逮捕されたことに責任を感じていたという。

 彼はこうも言った。

「そもそも、最初は別の内容の手紙を書いたのに、留置場の看守に書き直しを命じられ、言われるままに書いたのがあの手紙なんだよね」

 そういう状況で書いた手紙のため、今市事件のことか、偽ブランド品の事件のことかがわかりにくい〈自分が引き起こした事件〉という表現をはじめ、内容が全般的におかしくなったというのだ。

「それに、手紙を書き直させるなら、最初の手紙はコピーをとっておかないとダメだと思うんだよね。あとで内容を確認できるように。看守は、最初の手紙を捨てちゃったんだよね」

 実際、看守係の警察官も彼の裁判の1審に証人出廷した際、最初の手紙を廃棄したことを認めている。公正さを疑われても仕方がない。

■再審請求に高いハードル

 冤罪を疑う声も支援者も多い彼は今後、再審を請求する意向だ。ただ、再審の実現には、「無罪とすべきことを明白にする新証拠」が必要だ。ハードルは高く、まだ再審請求のめどは立っていない。

 もっとも、焦りはないようだ。

「時間はかかっても弁護士にはしっかりとした再審請求をして欲しいからね。証拠を一つも無駄にして欲しくないからね」

 現在、刑務所での仕事は自動車の部品作りだそうだが、「うちの工場は一番売り上げがいいらしいんだよね」と楽しそうに言った。高卒認定試験にも挑戦中で、選択した8科目のうち、すでに数学と国語の試験では合格しているという。

 S子さんはこの息子と面会するため、月に2、3回、栃木県の自宅から片道3時間半かけて千葉刑務所を訪れている。面会を終えた帰り道、「そんなに頻繁に面会に来るのは大変ではないですか」と問うと、S子さんは言った。

「会えるうちに会っておきたいですから。私はいつ体調が悪くなり、面会に来られなくなるかわからないので」

 現在、病状は安定しているそうだが、S子さんは病気が治ったわけではない。この親子が再び獄外で手を取り合える日はくるだろうか。千葉駅で彼女と別れた際、その小柄な後ろ姿を見ながら思った。

▽片岡健(かたおか・けん) ノンフィクションライター。出版社リミアンドテッド代表。著作に、「平成監獄面会記」、同書が塚原洋一氏によってコミカライズされた「マンガ 獄中面会物語」(共に笠倉出版社)など。

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