人間とは一体何者か? 原人・旧人・新人が併存…ヒトの本質は混血にあり
■ペーボ博士
写真①は、2022年のノーベル生理学・医学賞を受賞した、ドイツのマックス=プランク進化人類学研究所のスバンテ=ペーボ博士です。授賞理由は「絶滅した人類のゲノムと人類進化に関する発見」で、現代の私たちのゲノムの中に、ネアンデルタール人由来のものが存在することを突き止めたというものでした。
この結果、「ネアンデルタール人(旧人)が絶滅してクロマニョン人などの現生人類(新人)が勝利した」という単純なシナリオは見直しを迫られることとなりました。そして、新たな学説は「私たち人間とはいったい何者なのか?」という根本的な問いかけを生み出すことにもなりました。
つまり、ペーボ博士によって、ネアンデルタール人と現生人類は同じ「種」であることが証明され、現生人類をネアンデルタール人に勝利した“特別な存在”と考える理由もなくなったのです。
■ゲノムとは?
ところでゲノムとは、ヒトを構成する遺伝子全体を指す名称です。遺伝子を記すためにDNAがあり、その全体をまとめてゲノムと呼ぶのです。私たちヒトは子孫に遺伝子を伝え、子どもは必ず父と母から半分ずつの遺伝子を受け取ります。
ただ例外が2つだけあります。1つは男性化を促すY染色体で、父親からのみ継承されます。2つ目が細胞質に存在して呼吸とエネルギーをつかさどっているミトコンドリアDNAで、こちらは母親からのみ受け継がれます。
したがって、男女に受け継がれるミトコンドリアDNAをたどると、一本道で先祖の探究ができるようになりました。現生人類のルーツがアフリカにあることは、このミトコンドリアDNAの系統樹をつくることで証明されたのです。
■DNA解読の発展
さて、古代人類学の歴史において画期的な技術革新をもたらしたものが、2006年に実用化された「次世代シーケンサー」です。これにより、古人骨のDNAを高速で解読できるようになりました。ただ、解読には多量のDNAを必要としたため、もうひとつの技術が欠かせませんでした。それは、新型コロナ禍で多くの方が経験したPCR法です。この方法によって微量なDNAを増幅することができたのです。
以後、「古代DNA研究」が加速し、早くも2010年にはネアンデルタール人のDNAがすべて解読されました。
■ネアンデルタール人
1856年にドイツのネアンデル渓谷で発見され、ネアンデルタール人と名付けられた人々は、その昔ユーラシア大陸の西半分に分布していました。現世人類のうち、サハラ以南のアフリカ人を除くアジア人とヨーロッパ人には、約2.5%のネアンデルタール人のDNAが入っていることが判明しています。
すなわち、現生人類はアフリカを出てから、ネアンデルタール人と出会って混血していたのです。私たちはネアンデルタール人の子孫でもあるのです(図②)。
■デニソワ人
ペーボ博士は、デニソワ人という「知られざるヒト」の存在をも明らかにしました。
ロシアと中国・モンゴル国境に近いシベリア西部のアルタイ地方に、デニソワ洞窟という場所があります(地図③)。2010年に発掘された人骨を分析したところ、現生人類ともネアンデルタール人とも異なる、未知の人類であることがDNAから判明しました。デニソワ人は指と歯しか出土しておらず、形態的特徴が不明なままDNAの証拠だけで新種とされた最初の人類となりました。
このデニソワ洞窟からは、驚くべきことにデニソワ人(20万~5万年前)、ネアンデルタール人(19万3000~9万7000年前)、現生人類という異なる3タイプの人類の遺物が発掘されています。
そして、現代のパプアニューギニアの人々の中に、3~6%ほどデニソワ人に由来するDNAが受け継がれていることや、南アジアや東アジア、そしてアメリカ先住民の中にも割合は少ないですが、デニソワ人由来のDNAの存在が確認されています。
■遺伝子の継承
ところで、パプアニューギニアの人々の中には、ネアンデルタール人由来のゲノムも確認されており、まずネアンデルタール人と混血したのちに、デニソワ人のゲノムを受け継いだと判明しました。
現生人類は、ネアンデルタール人から体色や体毛に関する遺伝子や免疫系の遺伝子を受け継いだとも考えられ、先にユーラシアで展開していたネアンデルタール人から、環境に適応した有利な遺伝子を分けてもらったと言えそうです。
さらに、チベット高原の現代人が持つ遺伝子の中に、酸素の少ない高地で有利に働くデニソワ人由来のものも見つかっています。つまり、私たち現生人類は、ネアンデルタール人やデニソワ人との混血を繰り返しながら、その恩恵を受けて今があるのです。
■現生人類
まとめましょう。現在明らかとなっているヒトの系統樹は図④のようになります。驚くべきことに、原人と呼ばれるホモ=エレクトスは30万年ほど前までは生存していましたから、地球上に、ホモ=エレクトス、デニソワ人、ネアンデルタール人、現生人類(ホモ=サピエンス)など、タイプの異なるヒトが同時期に存在していたということになります。
私たちは孤立したヒトではなく、過去のさまざまなタイプの人類を継承し、混ざり合い、生まれてきたものと言えます。そして逆に、デニソワ人やネアンデルタール人から受け継がなかった遺伝子もあります。例えば、言語能力に関する遺伝子や生殖に関するX染色体の遺伝子などがそれです。先住のヒトと異なる点にこそ、私たちの特徴が表れているのかもしれません。
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