“清純系”女の視線にゾッ…地獄を見せるはずだったのに。29歳の妻が企んだ稚拙な復讐【平塚の女・足立亜理紗 29歳】
【平塚の女・足立亜理紗 29歳】
【何者でもない、惑う女たちー小説ー】
亜理紗は夫・慶士の不自然な泊り出張の真相を探るべく、浮気相手である女のインスタを見て、大磯のプールリゾートへやってくる。そこで女を発見。彼女はプールサイドでくつろいでいた。亜理紗はその隣のパラソルを借りることにする。【前回はこちら】
◇ ◇ ◇
サンベッドの上の女はサングラスをして寝転んでいた。おそらく寝ているのだろう。たわわな胸が一定の間隔で上下している。
透き通った肌にしばし見とれる。虫刺されと子供のひっかき傷だらけの私の腕とは大きな違いだ。ネイルもピカピカ。彼女の綺麗なそれを見て、しばらく手入れから遠ざかっていることに気づく。
十数分経っても、彼は現れなかった。
そもそも来ていないのだろうか――いや、そんなはずはない。彼女のインスタの様子はもうひとり誰かが存在している雰囲気だった。売店にでも行っているのかもしれない。もう少し、待ってみる。
私は何かあった時のため、女の様子を撮影しようと、子供たちを呼ぶことにした。
自撮りを装い、相手の撮影に成功
「はーい、背景までちゃんと映してね」
小学生の息子・カンタにスマホを持たせ、女の姿が写るように広角で記念と称して写真を撮ってもらう。
もちろん、自撮りでも何回か撮影した。自分の映りを気にして、何枚も何枚も撮るインスタ狂のママを装った。おかげでバッチリ彼女の姿を記録に収められた。
「もおママ、インスタの写真はいいからさ、早く泳ぎに行こうよ」
「私はいいわ。みぃちゃんが寝ているしね。莉奈と一緒に子供プールに行っていてよ」
「じゃあ、ジュース飲んだら行こうぜ、莉奈」
2つセットのサンベッドに生後6カ月の我が子を寝かせていると、ふと気づいた。
水中眼鏡を装着し、コンビニであらかじめ買って来たジュースを飲んでいるカンタ。彼が座っていたのは、隣の女のサンベッドの片割れだった。
私と正反対な容姿の彼女。話しかけた反応は…
「カンタ、だめだよ。そこ、隣の人の」
「え、そうなの?」
息子はすぐに立ち上がった。女は無反応だった。気づいているのかいないのか…。
しかし、サングラスの奥はもしかしたら目が開いていて、私たちの謝罪を待っているのかもしれない――そう思うと、ふっと背筋が冷える。
無視するのは簡単なことだ。だが万が一、彼女が私のことを彼の妻だと知った時や気づいた時、“浮気されても当然な、性格悪い礼儀なし女”だと思われるのは癪だった。
「…すみませーーん」
私は、軽さを装いながらも声を震わせて、女に呼びかけた。
「私のことですか?」
女は一旦周囲をきょろきょろ見回して、サングラスを外した。どうやら息子の無礼に気づいていなかったようだ。
――しまった。なら声かけなきゃよかった。
「ええと。そちらのサンベッドに息子が座ってしまったようで。本当にすみません。ヤンチャ盛りなので…」
しどろもどろの私を、女はじっと私を見ている。
長いまつげ、すこし垂れた大きい瞳。いわゆるタヌキ顔のかわいらしい雰囲気。女優であれば清純派と言われて相応しい、そんな容姿。
私と正反対な容姿なのが意外だった。そういうものなのだろうか。
ゾッとする女の視線。これから地獄を見るはず
とにかく私は、息子の頭を掴み、そのまま押し下げた。
「ほら、謝りなさい」
「ごめんなさーい、お姉さん」
息子はそれだけ言って、逃げるようにプールへ入って行ってしまった。私は乳児を抱いて、彼を追いかけた。
「ちょっとお、カンタ!!!」
早足で息子を追いながら、正直、逃げてくれてよかったと安堵する。――あの女の視線が怖かったから。
ちゃんと謝罪したのに、彼女は突き刺すような瞳で私を見ていた。あの反応なら、カンタが座ったことなど、気づいていなかったはず。
――「気にしてませんよ」くらい、言ってくれればいいのに。
まあいい。これから、彼女は修羅場で地獄を見る。
その時が来るまで、私は女へのヘイトをためる。ためにためまくる。時が来たら、こころゆくまでスッキリしたいから。
私のシナリオではこうだ。
母としての自信はある。女としては…
女がのんびりしているところに慶士がやってくる。カンタや莉奈は、すぐに「パパー」「なんでいるの?」などと言って駆け寄るだろう。彼はその時どんな顔を見せるのか。私は偶然を装って何も気にしないふりをする。
夫のことだから、女は無視して、私と、子供を選ぶだろう。妻として、母として自信がある。…女としての自信はないけれど。
「そういえば莉奈、置いて来ちゃった…」
カンタが流れるプールの中でひとり遊んでいることを確認して、私はパラソルに戻った。
女は再びサングラスをかけ、寝ころんでいる。莉奈はカンタの残していったジュースをおとなしくひとり、飲んでいた。
「ママー」
「ゴメンね、ひとりにさせちゃって」
「うん、だいじょうぶ。ねえママ、一緒にあそぼう」
莉奈は私の手を小さな手でぎゅっと握る。平気そうな顔をして相当不安だったようだ。あの女は気になるが、ひとまずこの子を楽しませてあげたい、そう思った。
自分が今、行おうとしている行動は正しいのか正しくないのかわからないけど、子供たちにはいつまでも笑顔でいて欲しい。
私の一番はこの子たちなのだから。
彼は本当に大阪にいる?
「わかった。ちょっと待っていてね」
防水のスマホケースを手に取ると、慶士からのLINEに気づいた。大阪万博のキャラクターのぬいぐるみの写真と共に『莉奈よろこぶかな?』とメッセージが入っていた。
『よろこぶんじゃない? あと、551も買ってきて』
『おけ。カンタ好きだからな。戻るのは明日の夜だけど、いい?』
ためらいなど感じさせない、スムーズなやりとり。彼は本当に大阪にいるようだった。
「ママー?」
莉奈は私に似たかわいらしい顔を斜めに傾げた。エルゴの中でスヤスヤ寝ている下の子を胸に、彼女の手をひいて、子供用プールに向かった。
結局、このプールに来た意味はなかったようだ。
燦燦照りの空の下。これからの時間は、私は子供の夏の思い出作りに自らを尽くそうと、気持ちを母親に切り替えた。
【#3へつづく:“夫の「相手」と直接対決した結果…妻が抱いた不思議な感情。ベッドでありえない“未来”を夢想する夜】
(ミドリマチ/作家・ライター)