徳川光圀(4)明治の元勲にも影響を与えた南朝正統論の危うさ
光圀が「大日本史」で示した南朝正統論は、明治以後、思わぬ形で大問題に発展します。明治43年、1910年の大逆事件で逮捕された幸徳秋水は、法廷で「いまの天子は、南朝の天子から三種の神器を奪い取った、北朝の天子の子孫ではないか」といった趣旨の発言をしたと伝えられます。この指摘は穏や…
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