「埋もれてきたもうひとつの抑留の真実と、日本政府の冷淡を知ってもらいたい」──「モンゴル抑留 見捨てられた死者たち」井出裕彦氏
「モンゴル抑留 見捨てられた死者たち」井出裕彦著
日本人にとってモンゴルといえば、大草原や遊牧民など牧歌的なイメージがあり、大相撲で活躍する力士も多いことからなじみも深い。しかし第2次世界大戦後、日本人がモンゴルに強制連行され、過酷な労働を強いられた「モンゴル抑留」があったことを知る人はどれだけいるだろうか。
「誰もが知る“シベリア抑留”という言葉の強さに覆い隠され、モンゴルで命を落とした抑留者がいたことはほとんど知られてきませんでした。さらに外交文書もなく、厚労省がモンゴルへ抑留資料発見のために職員を派遣したのも、2017年以降なのです」
モンゴルに連行された日本人は約1万4000人にも上り、約1700人が移送中や抑留中に命を落とした。元新聞記者である著者は、在職中にシベリア抑留を取材する中でモンゴル抑留を知り、退職後もその真実を追い続けている。本書では、歴史に埋もれてきたもうひとつの抑留と、日本政府の冷淡な外交姿勢が明らかにされている。
そもそも、モンゴル抑留はなぜ起きたのか。背景には、ソ連による満州侵攻がある。
「ソ連の進軍を支えたのがモンゴルで、数千規模の騎馬師団が偵察などの重要な裏方役を果たしました。その見返りとしてモンゴルに捕虜を提供するため、ソ連は軍人のみならず鉄道員などの民間人にも手を伸ばし、無差別な“日本人狩り”を行いました」
シベリアをしのぐモンゴル抑留者の死亡率
本書には、モンゴルでの抑留者の死亡率がシベリアをしのぐものだったことなども詳述されている。
「いわば外国人捕虜は“国家財産”で、抑留は大事業。国家発展のために過酷な労働を課しつつ、生かし続けて成果を上げさせる必要があり、ソ連には長い歴史の中でノウハウがありました。しかしモンゴルにはそれがなく、抑留の環境も劣悪を極めました」
収容所すら足りず、深さ4メートルほどの穴を掘り、柱を立てて屋根を葺いただけの穴倉収容所もあったという。凍死や感染症、銃殺など、モンゴル抑留による理不尽な死が明らかにされていく本書だが、さらに追い打ちをかけるのが日本政府の対応の実態だ。
「戦後、モンゴルはノモンハン事件以降の戦時賠償を要求。しかし日本は、当時モンゴルを独立国家として認めないスタンスを取っており、“戦争の相手国ではなかった”ため賠償の支払いを一貫して拒否しました。一方、経済協力という名のもとの資金供与を行い、“カネ”で解決を図る代わりに、抑留者調査の請求権を放棄したのです」
著者はモンゴル公文書館から日本人抑留者の死亡記録を発掘。時にはモンゴル諜報庁にまで乗り込み、遺族を探しあて死亡記録を届ける活動を手弁当で続けている。その数は、全国12都道府県の23人となった。取材や報道にとどまらず、とてつもない時間と労力を費やして活動を続けるのはなぜなのか。
「記録を見つけた以上“見捨てる側”に回りたくない。“知ってしまった者の務め”を果たしたいだけなんです。本書を読んだ方が、ひとりでも“見捨てない側”になってもらえたらと、心の底から願っています」
決して遠い過去の出来事ではない。今に通じる、国民に対するこの国の冷淡な行いを知るところから始めたい。 (KADOKAWA 1320円)
▽井出裕彦(いで・ひろひこ) 1955年福岡県生まれ。京都大学文学部卒業。読売新聞入社。社会部記者、論説委員、編集局次長など経て2020年退社。在職中からモンゴル抑留の解明に挑み、日本政府に情報提供。自身のホームページ「モンゴル抑留死亡者名簿」で政府を上回る情報を公開。著書に「命の嘆願書 モンゴル・シベリア抑留日本人の知られざる物語を追って」がある。



















