福島の小児甲状腺がんを追うジャーナリスト白石草さん「顔を出して『原発の健康被害がある』と言うのは本当に難しい」
子どもは我慢し、不安を封印
──子どもたちは孤立し、口に出せない。苦しいですね。
検査で「悪性です」と言われると、まず親が泣き崩れる。そうすると、お母さんにどうにかして元気になってもらわないといけないから、子どもは我慢するようになるし、明るく振る舞う。それがみんな身についていて、けなげですが、痛々しいと感じます。怖さを押し殺して、手術や将来への不安を封印しようとしているように見えます。
──そんな状況下で、こはくさんが映画に出てくれたのはなぜ?
この問題はあたかも複雑な問題であるかのように扱われ、敬遠されていますが、本当はシンプルな話。彼女の立場から見れば、ある日突然事故が起きて、よく分からないうちに自宅から遠くに避難して、その間にがんになって、大丈夫だと思っていたら再発までした。大人が「大丈夫」「取ってしまえばいい」と言ったことが信じられない、この世の中すべてが信じられないという状態でした。厳しい現実を突きつけられてきたからこそ、ある種の覚悟が生まれたのだと思います。しかも、再発している彼女は「がんを取らなければよかった」という過剰診断論が通用しない。彼女の置かれた状況が厳しいからこそ、自分が語ることで何かプラスになるかもしれないと、合理的に考えたのだと思います。
──裁判の経過は?
2022年1月に6人の原告が、東京電力を相手に提訴しました。甲状腺がんの発症は事故による放射線被曝が原因だとして、1人あたり8800万~1億1000万円の損害賠償を請求しています。国は訴えていません。証人尋問を経て、28年3月ごろに判決が出る予定です。争点の核心は、がんが被曝の影響なのか、検査によるスクリーニング効果なのかです。東電は100ミリシーベルト以下の被曝では甲状腺がんにならないと主張していますが、原告側は近年の研究を根拠に、低線量でもがんが発症することを示しています。
■原告は「恒久的な政策につなげたい」
──原告たちは裁判に、何を求めているのか。
裁判所がどう判断するか、白黒を知りたい気持ちはもちろんあります。加えて、将来への不安は非常に大きい。大学1年生の時に再発して肺転移が見つかった原告は、1学期で中退して10年以上療養生活を送ってきた。学校に入り直して卒業し、最近ようやく就職したところです。青春を奪われてしまったし、今も肺の病巣が悪化してアイソトープ治療に1人で臨まなければならない。ただ最近、彼女たちが口にするのは「声を上げられない人たちのために」です。自分たちは仲間ができて表に出られるようになったけれど、もっと小さくて大変な子たちが400人いる。裁判で勝って恒久的な政策につなげたいという思いが、最近は強い目標になっています。
──東日本大震災から15年が経ち、原発新設の議論が出ている。
風化は思った以上に進んでいます。チェルノブイリと比べると、日本は早く忘れようという力が強い。避難区域の解除を進めれば、被災者に責任を持つ部署がなくなる。そうやって次の時代に移行しようとしているように見えます。戦争と同じだと思うんですね。反省したり、検証したりしない。修正主義みたいな感じで、歴史を書き換えてまた戦前に戻る。それと同じ構造です。ただ被害は現実にあった。がんの人、家を失った人、帰れない人が、今もたくさんいて、被害は続いています。今の状態だとその人たちは忘れられていく。それでいいのでしょうか。
(聞き手=小塚かおる/日刊ゲンダイ)
◆ドキュメンタリー「波打ち際に足跡を残す」
福島県の浜通りで育った「こはく(仮名)」は震災当時6歳。会津に避難した。当時の記憶はほとんどない。その彼女に甲状腺がんが見つかったのは中学生の時だ。子どもの甲状腺がんが増えているという事実そのものが風評とされ、当事者は名前や顔はおろか、存在さえ隠して生きている。そんな中、甲状腺裁判の最年少の原告であるこはくが、カメラの前で顔も出して、自らの言葉で語った。あの事故とは何だったのか──。
◆福島映像祭2026
9月22、23日。東京・日比谷コンベンションホール。全5プログラムを上映。「波打ち際に足跡を残す」については、10月以降も各地で上映会。詳しくは「OurPlanet─TV」のホームページで。
▽白石草(しらいし・はじめ) 1969年、東京都生まれ。早大卒後、テレビ局勤務などを経て、認定NPO法人「OurPlanet─TV」設立。主流メディアからあふれがちなテーマを中心に取材・配信を行う一方、市民向けの映像ワークショップを展開。小児甲状腺がん問題の継続取材に対し、東京弁護士会の人権賞を受賞。新著に「消された初期被曝」(共著・岩波ブックレット)。



















