著者のコラム一覧
六川亨サッカージャーナリスト

1957年、東京都板橋区出まれ。法政大卒。月刊サッカーダイジェストの記者を振り出しに隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長を歴任。01年にサカダイを離れ、CALCIO2002の編集長を兼務しながら浦和レッズマガジンなど数誌を創刊。W杯、EURO、南米選手権、五輪などを精力的に取材。10年3月にフリーのサッカージャーナリストに。携帯サイト「超ワールドサッカー」でメルマガやコラムを長年執筆。主な著書に「Jリーグ・レジェンド」シリーズ、「Jリーグ・スーパーゴールズ」、「サッカー戦術ルネッサンス」、「ストライカー特別講座」(東邦出版)など。

キング・カズ編<下>「キング・カズ」の命名者は誰だ?

公開日: 更新日:

 カズこと三浦知良のニックネームが「キング」であることは周知の事実である。しかし、誰が命名したのか、そのことを知っているファンは少ないのではないだろうか。

「キング・カズ」の命名者は、アイルランド生まれの記者デビット・ジェイムズ氏。同氏は1993年にカタール・ドーハで行われたアメリカW杯アジア最終予選の日本ー北朝鮮戦を取材し、ガルフ・タイムズ紙に寄稿した記事のタイトルに「KING KAZU!」というタイトルをつけたのだ。

 オフト監督率いる日本代表は、ドーハで初戦のサウジアラビア戦を0-0で引き分け、第2戦はイラン相手に1-2で敗れた。残り3試合。北朝鮮、韓国、イラクと強敵が控えていたため、もう1敗もできない状況だった。しかし、北朝鮮をカズの2ゴール、1アシストの活躍で3-0と下して息を吹き返した。

 そんなカズのプレーを見て、デビット記者は「キング・カズ」と命名したのだった。

 余談になるが、今年9月に日本サッカー協会の殿堂入りを果たした元日本代表<背番号10>木村和司氏は、1985年のメキシコW杯アジア1次予選のシンガポール戦での活躍から、地元ストレート・タイムズ紙のジェフリー記者によって「デストロイヤー」と命名された。

「キング・カズ」は、カタールにとどまらず、現地で取材した日本人記者が帰国して広め、一般のサッカーファンにも浸透していった。カズ自身は以前、「キング」が定着して自然に受け止められるようになったのは、2004~2005年に在籍した「神戸や横浜FC時代辺り」と「ナンバー誌」で回想していた。

■そもそも「キング」とはペレのことだった

 そもそも「キング」と言えば、世界的にはペレのニックネームとして有名だが、2人ともブラジルの古豪サントスに在籍していただけに、これも何かの縁なのだろう。

 ペレが「王様」ならジーコは「神様」と言われているが、これが通じるのは日本だけ。ジーコはブラジルの名門フラメンゴの本拠地マラカナンでの最多ゴール記録を持っており、銅像が建てられているほど。地元では「マラカナンの英雄」と言われていた。

 これまでカズに2回ほど単独インタビューをしたことがある。いずれもマネジャーから「取り敢えず(現地に)来て下さい。滞在中に必ず時間を取りますから」という口約束だった。しかし、一度約束したらカズは必ず守る男である。なので不安は感じなかった。

 最初はシーズン開幕前に沖縄での自主トレ中に行った。2回目は2007年2月に熊本で行われた横浜FCのキャンプ中だった。横浜FCに移籍して2年目の前年は39試合出場、6ゴールでチームを初のJ1リーグに導いた。チームの躍進に貢献した
キャプテンのFW城彰二は引退したが、横浜MからFW久保竜彦やMF奥大介(故人)ら実力派選手を獲得し、高木監督(現大宮監督)に率いられたチームは練習も活気にあふれていた。

 そんな中、カズは1時間半ほどのチーム練習が終了後、恒例の沖縄キャンプでもそうだったように個人トレーナーの指導の下、自主トレで汗を流した。ポールの間をすり抜けるスラローム走ではタイムを計り、ラダーやミニハードルを使った練習で俊敏性の維持に努める。カズより年下のチームメイトたちは見学する選手もいれば、ホテルに引き上げる選手もいた。「チーム・カズ」として自費でスタッフを雇い入れ、常に最高のコンディションを保つ努力を怠らない。だからこそ40歳(当時)を目前にしても「現役で活躍できるのだ」と納得したものである。

■「もうすぐ40歳です」と笑ながら言ったカズ

 開店前のホテルのレストランの一隅で行われたインタビューは、1時間ほどだったろうか。その後はマネジャーを交えての雑談になった。話題は年齢に移り、カズは「もうすぐ(2月26日が誕生日)40歳ですよ」と笑いながらではあるが、現役引退が近いことを示唆するような物言いだった。

 そこで筆者は、イングランドの伝説的なFWで1956年にナイトの称号「サー」を授与されたスタンレー・マシューズは「55歳まで現役でプレーした」ことを伝え、カズにも「マシューズの記録を目指してほしい」と励ました。するとカズは「55歳か。しんどいぞ!」と叫んだものの、その目は笑っていたのが印象的だった。

 あれから13年が経過した。カズはまだ現役でプレーを続けている。

 9月23日の川崎F戦はキャプテンとしてスタメン出場を果たし、53歳6カ月28日というJ1最年長出場記録を大幅に更新した。恐らく2度と破られない記録だろうし、まだまだ更新の可能性はある。50歳14日というJリーグ最年長得点記録の更新にも期待がかかる。

 かつて「しんどい」と言った55歳での現役も現実味を帯びてきた。

 果たしてキングは、いつまで走り続けるのか。

 個人的には、カズがユニフォームを脱ぐ日が来るとは、まったく想像もできない。同時代を生きている我々は「キング」の雄姿を長く見られることの幸せをもっと実感するべきだろうーー。

■関連キーワード

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • サッカーのアクセスランキング

  1. 1

    三笘薫が左足太もも肉離れ「W杯絶望」報道も…森保監督が温める代表入りへの“秘策”

  2. 2

    中村敬斗〈前編〉中1でやってきた中村は「ミスター貪欲」だった(三菱養和サッカースクール・生方修司)

  3. 3

    酒浸り、自殺説も出た…サッカー奥大介さんの“第2の人生”

  4. 4

    中村敬斗〈後編〉「ブラジル戦の同点弾を娘とスタンドで見ながら胸が熱くなった」(三菱養和サッカースクール・生方修司)

  5. 5

    町野修斗〈前編〉想定外の珍プレーで一発退場「ホントに宇宙人なんです」(履正社高監督・平野直樹)

  1. 6

    小川航基〈後編〉尻に火が付いてからの成長曲線にあの中村俊輔が驚いた(桐光学園監督・鈴木勝大)

  2. 7

    久保建英は13歳でU17入りも「『俺にボールを寄こせ』と要求できるメンタリティーでした」(U17日本代表元監督・森山佳郎)

  3. 8

    小川航基〈前編〉泊りがけの遠征先で「帰れ!」と言ったら本当に帰ったが…(桐光学園監督・鈴木勝大)

  4. 9

    町野修斗〈後編〉中澤佑二に怒鳴られ自ら“反省坊主”にした男の大きな転機(履正社高監督・平野直樹)

  5. 10

    久保建英、鈴木彩艶だけが「突出した才能」だったが…W杯候補の教え子たちの現在地(U17日本代表元監督・森山佳郎)

もっと見る

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    渋野日向子×テレ東イケメンアナ“お泊り愛”の行方…女子プロは「体に変化が出る」とも

  2. 2

    『SHOGUN 将軍』シーズン2撮影中の榎木孝明さん「世界的な時代劇映画のプロデュースに関わりたい」

  3. 3

    ヘタクソ女子プロはすぐバレる!ツアー史上最短「98ヤード」の15番のカラクリ

  4. 4

    サバンナ高橋茂雄いじめ謝罪のウラ… 光る相方・八木真澄の“ホワイトナイト”ぶり 関西では人柄が高評価

  5. 5

    《タニマチの同伴女性の太ももを触ったバカ》を2発殴打…元横綱照ノ富士に大甘処分のウラ側

  1. 6

    あの細木数子をメロメロにさせて手玉に…キックボクサー魔裟斗のシタタカさ

  2. 7

    SixTONESが日テレ「24時間テレビ」出演発表で次に“熱愛”が撮られるメンバーとファンが喜べない事情

  3. 8

    犯人探しはまだまだ続く? 中山功太案件“解決”で強まる「パンサー尾形の件は誰なの?」の疑問

  4. 9

    小結高安を怒らせた? 横綱豊昇龍が初日黒星でいきなりアクシデント→休場の自業自得

  5. 10

    消えないナフサ供給不安、現場にはモノ届かず…高市首相4.16明言「目詰まり解消」はやはり大ウソだった