5月場所は「御嶽海がキーマン」…相撲取材歴40年のベテラン若林哲治氏が占う

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 8日に初日を迎える大相撲5月場所。昨年4度優勝した横綱照ノ富士(30)の時代が続くかと思いきや、1月場所は関脇御嶽海(29)、先場所は関脇若隆景(27)が賜杯を手にした。群雄割拠の5月場所はどうなるのか。長年、時事通信社で相撲を担当し、時事ドットコムで人気コラム「土俵百景」を連載中の若林哲治氏(63)に聞いた。

■御嶽海は実力だけなら横綱級

 ──5月場所にはどこに注目していますか。

「一番の見どころは、大関御嶽海がどのような相撲を取るか、ですね。実力からして優勝候補のひとりですが、勝ち星以上に大事になるのが彼の姿勢です」

 ──と言いますと……。

「横綱を目指す意志があるのかどうなのか、ということです。その気持ちが伝わってくるような相撲を取れるのか。先場所は11勝4敗。御嶽海自身も『悪くはない』と振り返っていました。確かに大関の成績としては十分合格点ですが、先場所は横綱の照ノ富士が途中休場。大関は一番上の地位になったのに、4敗もしているわけですから。もちろん、先場所は重圧のかかる大関としての初土俵だから、仕方ないと言えば仕方ない。だからこそ今場所が重要になる」

 ──普通に考えれば、横綱は力士の目指す頂点です。

「御嶽海も横綱を張るだけのポテンシャルはある。特に寄りが抜群にうまい。体を相手に寄せて、骨盤を前に突き出す寄りは御嶽海の大きな武器です。ただ、その一方で負け方が気になる。ケガを避けるためか、決して無理をせず、負ける時はあっさり負けてしまう。自分の想定通りの立ち合いができないと、それが顕著ですね。だから『出世する気があるのか』と疑ってしまうんですよ。実力はありながら、大関になったのも29歳。大関、横綱は常に重圧にさらされるので、負担も大きい。もしかしたら、サラリーマンのような人生設計で『出世するのはまだ早い』と考えていたのではないかと思ってしまうほどでした」

 ──御嶽海は横綱になる気がない?

「そこがわからないんですよ。大関昇進を決めた1月場所の優勝インタビューでは『皆さん、注目して見て下さい』と宣言していました。過去にさまざまな大関を見てきましたが、ここまでハッキリと言葉にした力士は私の記憶にはいません。力士って、普通はそこまで大きなことは言わないんですよ。だからその気になっているのか……少なくとも、自信を持っているのは間違いないと思います。いずれにせよ、今後の土俵を考えたら御嶽海がキーマンになる。5月場所は優勝するかどうかよりも、どんな相撲を見せられるかという点に注目しています」

御嶽海が昇進は照ノ富士にも大きく影響する

 ──土俵のキーマンということは、他の力士にも影響が出る?

「特に横綱照ノ富士です。一人横綱は重圧を一身に背負いますが、2人になればそれも分散される。8月から巡業も再開される予定なので、なおさらです」

 ──横綱は巡業で引っ張りだこですからね。

「歴代の横綱も話していましたが、土俵入りは『決して間違えてはいけない儀式』でもあるので、精神的な負担が大きい。横綱の中には巡業先で『相撲は取らなくていいから、土俵入りだけでも』と言われたそうですが、『それが一番しんどいんだよ』と苦笑いしていたほどです。照ノ富士は両ヒザにバクダンを抱えており、精神面だけでない負担もある。もし、御嶽海が横綱になれば土俵入りは交代でこなせるわけですから」

 ──照ノ富士の力士寿命も延びる、と。

「私もそうですが、多くのファンも照ノ富士には無理をしてほしくない、と思っているはず。大ケガと病気から復活を果たしたストーリーは誰もが知っていますし、昨年も優勝4回と横綱としての責任も果たしている。だからこそ、仮に本場所を休場したとしても非難する声はないでしょう。むしろ、無理をして出場を続けるようならば、古傷の悪化だけでなく新しいケガをしてしまう可能性もある。その意味でも、御嶽海が昇進するかしないかは、大きな意味を持っています」

 ──他の力士についてもお聞かせください。先場所優勝した若隆景は?

「とにかく下半身が強い。近年は上半身主体で相撲を取る力士が多いんです。上半身の圧力で前に出る力士に対抗するため、自分も上体の力で……というケースです。そうした力士が多いと、いよいよ下からの攻めが生きる。白鵬(現間垣親方)も同じことを言っていましたよ。ただ、やっぱり今の土俵では小柄(180センチ、131キロ)なのはネックですね」

 ──若隆景は日刊ゲンダイのインタビューで「少しは体を大きくしようと思っている」と話していました。

「相撲は言ってしまえば、バランスの崩し合い。1場所や2場所なら小兵でも十分勝てるし、そこが体重制のない相撲の面白さでもある。ただ、体重差を無視できないのも事実です。体調の変化や立ち合いでの感覚のズレが、小兵には大きく響いてしまう。若隆景もそれを理解しているのでしょうね」

下から上がってこないと大関不在の危機も

 ──5月場所は大関とりの足固めの場所になる。

「若隆景もそうですが、今は豊昇龍(22)や霧馬山(26)ら、若くて生きのいい力士がいる。彼らにもどんどん上を目指していってほしい。今はまだ負け越してもいいんです。大事なのは、常に上位と当たれる地位にいること。例えば7勝8敗なら、番付はわずかしか落ちません。とにかく上位と対戦を続け、確実に力をつけてほしい。仮に御嶽海が横綱昇進となれば、それこそ大関がひとりもいなくなる可能性もありますから」

 ──御嶽海以外だと、今の大関は正代(30)と貴景勝(25)です。

「正代は大関としての責任と自覚があるのかないのかわからず、貴景勝はケガが多い上に組まれたらもろい。どちらも正念場で、長く大関を張ることは難しいでしょう。御嶽海が大関の地位で満足しているならまだしも、そうでなければ下から誰かが上がってこないことには大関不在の危機ですよ」

 ──ここにも御嶽海の与える影響は大きいですね。

「今後2、3年の土俵という意味では、5月場所は大きなターニングポイントになると思います」

(聞き手=阿川大/日刊ゲンダイ)

若林哲治(わかばやし・てつじ) 1959年生まれ。時事通信社で主に大相撲を担当。2008年から時事ドットコムでコラム「土俵百景」を連載中。12日木曜発売の紙面から若林氏の新連載「大相撲の角言」が隔週でスタート。

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