著者のコラム一覧
吉田賢フリーアナウンサー

1960年、広島県尾道市出身。83年にNHKに入社し、87年から大相撲中継を担当。以来、定年退職した2025年5月場所まで、実況アナとして活躍した。高校野球、メジャーリーグ、オリンピックなど相撲以外のスポーツ中継歴も豊富。出身地にちなんで「しまなみ親方」の愛称で親しまれている。

「北の富士さんと私」相撲中継38年の元NHK吉田賢アナウンサーが語る

公開日: 更新日:

 2024年11月にこの世を去った元横綱北の富士勝昭氏(享年82)。解説者としても人気を博し、NHKの吉田賢アナウンサー(65)とは名コンビで知られていた。「私の無二の恩人です」と感謝する吉田アナが語る「北の富士像」とは──。

 ──北の富士さんがNHK大相撲中継の専属解説者になったのは1998年。当時、吉田さんは30代後半。すでに幕内の実況を担当していた。

 私が何を問いかけても、北の富士さんはうまくさばいてくれました。正面から受け止めて返答したり、ふっといなしたり、時にはバーンと突き放したり。だから私は安心して好きなように語りかけることができた。少々失礼な物言いや突っ込みも許してくれた。度量が違いました。

 ──その中で中継スタイルが形作られていく。

 解説者と丁々発止やって、楽しく解説してもらいながら、今日一日、視聴者の皆さんと一緒に相撲を見ていく--。もしかしたら、これが私の持ち味なのかなと。

 あの北の富士さんとそんな関係でやっていたものだから、他の解説の親方衆も、私の“芸風”を許してくれて。「NHKだから、くだけないで、もっとちゃんと実況しろ」と、眉をひそめる視聴者もいたでしょう。でも、NHKといえども、こういうスタイルが少しくらいあってもいいのではないかなと。巷間、「北の富士と吉田の居酒屋相撲トーク。一杯ひっかけてやってるに違いない」なんて言われたりもして。内心、本望でした。

 実は北の富士さんは少年のころ、(落語家で喜劇役者の)柳家金語楼に、弟子にしてくださいってはがきを出したことがあるらしいんですよ。

 ──北の富士さんが⁉

 昔から北の富士さんの根底には、相手を喜ばせたい、楽しませたいという精神があったのでしょうね。ホント、実況中の対話はもちろん、普段の会話でも「間」が絶妙だった。まさに“話芸”。落語に通じるような語りっぷり。そのうえ、常に「陽」をまとっていて、北の富士さんがいると、場がいつも明るくなった。皆ファンになってしまうのも不思議じゃない。

 ──北の富士さんが大相撲中継の解説に登場して、視聴者のすそ野も広がっていく。

 98年の理事選で、一門内の候補者を一本化する過程で自ら降りて協会を去ることになりましたが、でも解説者になったからこそ、北の富士さんの「皆を楽しませたい」という精神や話芸が、視聴者へ広く発揮されることになった。

 北の富士さんは、技術や相撲の「心」といったものを、内面から染み出てきたような言葉や抑揚で伝えてくれる。だから、必ずしも相撲に詳しくない視聴者でも、「ほ~、そうか」と納得できたのでしょう。私は密かに「北の富士の共感解説」と名付けていました。

 ちょっと生意気な言い方になりますが、北の富士さんの人生は、解説者時代こそ集大成の季節だったと思います。

■関連キーワード

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    《タニマチの同伴女性の太ももを触ったバカ》を2発殴打…元横綱照ノ富士に大甘処分のウラ側

  2. 2

    日本ハムは「自前球場」で過去最高益!潤沢資金で球界ワーストの“渋チン球団”から大変貌

  3. 3

    高市首相が天皇皇后のお望みに背を向けてまで「愛子天皇待望論」に反対する内情

  4. 4

    年内休養の小泉今日子に「思想強すぎ」のヤジ相次ぐもファンは平静 武道館での“憲法9条騒動”も通常運転の範囲内

  5. 5

    新庄監督にガッカリ…敗戦後の「看過できない発言」に、日本ハム低迷の一因がわかる気がした

  1. 6

    『SHOGUN 将軍』シーズン2撮影中の榎木孝明さん「世界的な時代劇映画のプロデュースに関わりたい」

  2. 7

    横綱・豊昇龍が味わう「屈辱の極み」…大の里・安青錦休場の5月場所すら期待されないトホホ

  3. 8

    和久田麻由子アナがかわいそう…元NHKエースアナを次々使い潰す日テレの困った“体質”

  4. 9

    あの細木数子をメロメロにさせて手玉に…キックボクサー魔裟斗のシタタカさ

  5. 10

    細木数子と闘った作家・溝口敦氏は『地獄に堕ちるわよ』をどう見たか? “女ヤクザ”の手口と正体