仁志敏久の人生を変えた「居酒屋堀内」での夜…「また野球が好きになれると思った」
「キャンプが始まって数日して、練習中に声をかけられたんです。『誰も部屋に遊びにこねえんだよ』って。『じゃあ、今夜、伺いますよ』『来い来い。待ってるぞ』みたいな会話をした。で、その夜、実際にお邪魔したわけです」
不振、故障……。原政権下の2年間、苦難の日々を過ごした。期待に応えられず、気持ちもすさんでいた。そんな仁志にとって、監督と気軽にそんな会話ができることがうれしかった。そして、堀内の口からさらに胸の躍る言葉を聞く。部屋で焼酎の水割りの入ったグラスを傾けながら、堀内がこう言ったのだ。
「もう一度、1番をやってみろ。おまえに1番を打って欲しい。オレは代えないぞ。おまえが、もう勘弁してください、と音を上げるまで、1番で使い続けるからな」
仁志が言う。
「素直にうれしかった。気持ちが奮い立つというか、また野球が好きになれると思った。実際には01年からバッティングに悩んでいて、どうしたらいいのか分からない状態だった。1番を任せてくれるという堀内監督の期待に応えられるか、正直に言うともう自信はなかった。ただ、やれるだけのことはやろうと、それから毎日毎日、バットを振り込んで、これでダメなら仕方がない、というところまで自分を追い込めた。そういう気持ちになれたのが大きかった」