「監督を監督とも思わなかった」 “にっちもさっちもいかない奴”に反発し、干された二軍時代
立大と同じく白地に縦縞のユニフォームに袖を通し、合宿所に入った。当面は二軍暮らしだったが、森本より一足先に立大を中退して阪急に入団した山口富士雄は、すでにこの年、一軍で81試合に出場している。一軍の正遊撃手は本屋敷錦吾(立大-阪急-阪神)だった。
高校時代、森本は山口のいた高松商業とは、甲子園出場をかけて四国大会で激闘を繰り広げた。しかし、立大入学後、正遊撃手の座を勝ち取ったのは森本だった。
「だからライバル意識はなかったよ。実力では自分が上だと思っていたし、仲が悪いわけでもなかった。阪急入りの仲介役になった先輩も同じ人だったんだよ。それよりも……」
山口もこの年は一軍と二軍を行き来していたが、二軍監督の山口と森本に対する扱いは、明らかに違っていた。
「こいつがにっちもさっちもいかない奴でね、山口に対しては手厚く接していた。これは覚えている。ところが俺に対してはほぼ無視だったよ。随分と俺には冷てえな、と思ったよ。試合にも出してくれないもんね。まあ俺も態度悪かったからね。意固地になって反抗しとった。監督を監督とも思わないし、向こうも嫌がっていたんだろうな」


















