トリノ五輪代表だった元スノボ選手・成田童夢さんは3児のパパになっていた
いよいよ始まるミラノ・コルティナ五輪。前回の北京五輪で、平野歩夢選手が金メダルを獲得したスノーボード男子ハーフパイプにも期待がかかる。同競技で20年前、トリノ五輪に出場したのが成田童夢さんだ。今どうしているのか。
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成田さんに会ったのは、新宿駅の喫茶室。JR中央線に乗車して青梅市から来たという。
「6年ほど前に、秋葉原から青梅に引っ越しました。子どもができ、子どもの教育上、自然豊かなところがいいなと思いまして。青梅はインターチェンジが近く、車でどこへ出かけて行くにも便利だし、こうして都心に出るにも電車1本で来られますから」
成田さん、30歳のときに5歳年下の元アスリートと結婚、6歳の長男、3歳の次男、去年8月に生まれた0歳の長女に恵まれ、今や3児のパパなのだ。幼い頃から父・隆史さんの英才教育を受けてきた成田さん。自身はどんなパパ?
「“教育パパ”ではないですね。子どもにはやりたいことを、自分で選んでやっていってほしい。やりたいことをやれる環境を整えてあげたいとは思っていますが」
家事・育児を専業主婦の夫人と分担し、炊事、掃除、洗濯、子どもの送り迎えなどをしているというから、世の女性にとっては“理想的な夫”か。
「いえ、一緒に暮らすなかで“フツーに”しているだけですよ。それに、やれるのは春と秋だけ。夏と冬は家を空けることが多く、妻はほぼワンオペ。申し訳なく思っています」
3年前から新潟県・池の平温泉アルペンブリックスキー場のプレーイングプロデューサーを務め、冬はスキーやスノボ、夏はウェイクボードのイベントや指導で飛び回っているのだそう。成田さんはスノボはもちろん、スキーは日本一、ウェイクボードは世界一のキャリアがあるのだ。
でも、2011年の現役引退後はアイドルのプロデュースや声優、タレントとして活動していたのではなかったっけ。
「ずっとスノボばかりやってきたので、引退後は“やりたい”と思ったことに、何でも挑戦してきました。妻には“何かに絞れば?”と言われますが、私はやりたい時に、やりたいと思ったことしかできないし、他人に迷惑をかけないなら、好きなことをしていいと思っています。それで歌を出したり、ラジオでしゃべったり、飲食店をやったりもしました。今は、それらは求められればやるぐらいですね」


















