トリノ五輪代表だった元スノボ選手・成田童夢さんは3児のパパになっていた

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体育の成績「1」だった少年がなぜ世界一になれたのかの講演活動も

 今はスノボやウェイクボード関連の仕事のほかは、講演を月2、3回。経験をもとに、夢を実現するためのマインドなどをテーマに話す。去年2月には、それを詳しくした自伝エッセー「“夢”だけでメシを食うために読む本」(セルバ出版)を上梓。さらに今月、それをオンライン&オフラインで伝授する「童夢ドリームアカデミー」を開校した。

「実は運動は苦手で、小中学校の体育の成績はずっと“1”でした。それでも世界一になれて、オリンピアンにもなれた。なぜなのか。まずマインドが大事。技術的なことは他の方におまかせして、私はそのマインドをお伝えしたい。それはスノボ以外のことにも通じると思うので、それを伝え、みんなに夢をかなえてもらいたい。私は何より、人に喜んでもらうことが好き。タレントなどいろいろやってきましたが、いつも根底にあるのは、人に喜んでもらいたいという気持ちなんです」

 さて、成田さんといえば、幼い頃から父親の英才教育を受けた3きょうだいとして有名。成田さんは中学卒業後、プロとしてスノボに専念。16歳のとき、全日本スキー選手権大会スノーボード競技で初優勝。その後、W杯で2度優勝し、06年のトリノ五輪には兄妹で出場し注目されたものだ。

「妹とは疎遠になっているので、今、私に言えることは何もありません。弟の緑夢とは仲良くしていますが、『メディアに出たくない』と言うので、やはり彼の話もできません。でも、緑夢は元気にしていますよ」

 では、現役時代、一度は袂を分かった父・隆史さんはどうしているのか。

「父はがんを患い、2年ほど前からほぼ寝たきり。去年、生まれた娘を見せに家族で見舞いに行ったら『おまえも3人の子を育てる苦労を味わうんだな』と。父は自分のやりたいことは後回しにして、僕らを育ててくれた。それって、すごいこと。僕にはできません」

 最後に、平野歩夢選手について一言。

「平野選手は私と違い、大会の大きさに関係なく淡々と滑り成績を出せる選手。彼の存在で、他の選手の力も引き上げられています」

 (取材・文=中野裕子)

▽成田童夢(なりた・どうむ)1985年9月22日大阪市生まれ。8歳でスノーボードを始め、2001年プロに。W杯で2度優勝し、06年、トリノ五輪出場。11年に引退後はタレントに転身。指導者としても経験を重ね、26年、「童夢ドリームアカデミー」開講。

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