「審判には紳士的だったよ」と話す森本が、一度だけ食らった退場処分
「東尾のピッチングは同じ西鉄にいた池永正明のスタイルを踏襲したものだった。俺としては池永のほうが苦手だった。よく詰まらせられたよ。あいつはね、打者の頭付近にめがけて危ないボールを平気で投げて、その打者が睨んだりすると『文句あるか』とマウンドから向かってくるような奴だった。いい度胸していたよ。『黒い霧事件』で永久追放された後、博多でバーをやっていたけど、その店に飲みに行ったこともあるよ」
現在の危険球一発退場ルールからすれば、こうしたスタイルの投球術はまず無理だろう。
西鉄の本拠地球場だった平和台や小倉は気の荒い観客が多いことでも有名だった。「昔のプロ野球は鳴り物応援もほとんどなく、静かでよかった」と美化されがちだが、一方で観客のマナーについては、観客席から酒瓶が飛んできたり、汚いヤジがあったり、女性客などが入りにくい雰囲気があったことも事実だ。「ガラの悪い観客がいるから子どもをプロ野球の試合には連れて行かない」という方針の家庭さえあったという。この試合の終了後、ある事件に森本が巻き込まれることになる。(つづく)
(中村素至/ノンフィクションライター)



















