渡辺剛〈後編〉24歳での海外移籍がブラジル戦、イングランド戦勝利の原動力となった(山梨学院大付高元監督・吉永一明)
DF渡辺剛(オランダ1部フェイエノールト/29歳)
2022年1月に初めて海外に移籍してから急成長を遂げた渡辺。恩師・吉永一明氏も「異国の環境を受け入れて人間的に成長したことで今がある」としみじみ言う。さらに深掘りしてもらった。【前編】から続く。
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──渡辺は高校3年の夏に中央大学への進学が内定し、最後の高校サッカー選手権に挑みました。
「3回戦まで順調に勝ち上がったのですが、そこで群馬・前橋育英と当たり、大野佑哉(長野)がPKを外して敗退を余儀なくされました。相手には渡邊凌磨(浦和)、鈴木徳真(G大阪)、坂元達裕(コベントリー)に加えてベンチに金子拓郎(浦和)、小泉佳穂(柏)というそうそうたる面々を擁してかなりの難敵。剛も不完全燃焼感を胸に、次のステップに進んだと思います」
──中央大学からFC東京に進みましたが、その後の成長を吉永さんはどう見ていましたか。
「高校時代は悔しい終わり方をしたので『大学に行ってから頑張れよ』と送り出した。僕自身もアルビレックス新潟シンガポール(現ジュロンFC)監督に就任し、日本を離れたので遠くから見守っていた状態です。剛が大学4年の時に『Jリーグの複数チームから話があって、最終的にFC東京に決めました』と連絡がありました。本人もFC東京U-15深川を離れて山梨に来た時から『FC東京に戻りたい』と考えていたのでしょう。思いが叶ったのは本当に良かったと思いました。当時は長谷川健太監督が指揮を執っていたので『健太さんにも話をしておくよ』といったやり取りをした覚えがあります」
──FC東京時代はコロナ禍の2021年1月にYBCルヴァンカップで優勝。タイトルは獲得したものの、同年夏の東京五輪には参加できませんでした。
「剛がプロ入りした2019年は自分も新潟の監督を務めていたので、よく試合を見ていました。当時はまだあまり安定しない選手という印象でしたね。FC東京で試合に出られなければ、僕のところでレンタルしたいな、と思っていたのですが、それは叶いませんでした。守備に関しては悪くないけど、ボールを持ち出してビルドアップする部分は自信なさげにやっていた。森重真人選手ら年長者もバリバリやっていた頃でしたし、剛がFC東京の看板DFになれたかというと、そこまでは達していなかった気もします。東京五輪代表でも冨安健洋、板倉滉両選手(アヤックス)や中山雄太選手(町田)らがいて、第2クラスだったのかな。いろんな意味で<成長の遅い子>だったので、彼らを追いかけながら成長していかないといけないな、と感じていました」
──2022年から活躍の場を欧州に移しました。
「最初にコルトレイクへ行き、2023年夏にヘント、昨年夏にフェイエノールトと着実にステップアップしましたが、本当に欧州移籍を決断したことでサッカー人生が劇的に変化したと思います。異国にいながらプレーするのは容易なことじゃない。環境に適応して、全部プラスの力に変えていって結果を残さなければいけないんです。彼はその過程を通して本当の意味で自立したと思う。日本でも成長はしていましたけど、『自分がやらなきゃいけない』という状況になったからこそ、今の逞しさが身についたのでしょう」
──コルトレイクで共闘した後輩・田中聡選手(デュッセルドルフ)が「剛君には物凄く面倒を見てもらった」と心から感謝していました。
「そういうエピソードを聞くだけで『お兄ちゃんになったな』と実感しますよね。今はフェイエノールトで上田綺世選手をサポートしたり、日本代表の取材対応でもサービス精神を前面に出していると聞きますけど、人を気遣えるところは僕の知っている剛とは違う。人間的成長がプレーの進化に寄与しているのは間違いないと思います」


















