「もう出たくないなあ…」という俺の愚痴を聞きつけた野村監督が放ったひと言
「うまくやるより全力でやれ」
野村克也監督にはたくさんの金言をもらってきたが、わざわざ色紙に書いてもらったフレーズがこれだ。
ある年のシーズンオフ、知人に監督のサインを頼まれたことがあった。お願いしに行くと、監督はカバンから自前の筆を取り出し、時間をかけて丁寧に色紙に書をしたためる。そして、サインの横に必ずひと言を添えていた。
一枚一枚すべて違う言葉。それを見て、「監督、俺にもひとつお願いします」と言ってみたのだ。すると、冒頭の言葉を書いてくれた。
確かに、普段から「カッコつけんでいいから全力でやれ」と言われていた。スポーツ選手というのは見られる仕事。ファンに良いところを見せたいと、どうしてもカッコつけてしまう。でも、それは本質じゃない。いいプレーより全力プレーが大事ということ。「野村ID野球」は複雑で難しい野球と捉えられがちだったけど、監督自身の考えはいたってシンプルなものだった。
全力で野球と向き合う覚悟を決めた2007年は飛躍の一年となった。
開幕戦から「4番・DH」でスタメン起用され、2戦目で本塁打を放つも、そこからは下降線。4試合目に5番に退くと、翌日はスタメンから外された。打率は6試合が終わって1割以下。すると、4月1日のオリックス戦では「8番・DH」で起用された。
心の中で「何や、あのオッサン」と野村監督にツッコんだが、この試合で満塁弾を打つと、打順は再び5番に上がり、5月半ばには4番に返り咲かせてくれた。
野村監督は俺の中に染みついていた苦手意識も払拭してくれた。
長くやっていると、どうしても苦手な投手が出てくる。そのひとりがソフトバンクの杉内俊哉(現・巨人一軍投手チーフコーチ)だった。当時、杉内はチームのエース左腕。7月まで10打数無安打と完璧に抑え込まれていて、杉内の先発を知るたびにテンションが下がっていた。
8月4日のソフトバンク戦前もそうで、イケさん(池山隆寛打撃コーチ=現ヤクルト監督)に「もう出たくないなあ。どうせ、(野村)監督は俺を(スタメンから)外すつもりでいるんでしょう?」とこぼした。
すると、俺のグチを聞きつけた監督がこう言う。
この記事は有料会員限定です。
日刊ゲンダイDIGITALに有料会員登録すると続きをお読みいただけます。
(残り284文字/全文1,224文字)
【ログインしていただくと記事中の広告が非表示になります】
今なら!メルマガ会員(無料)に登録すると有料会員限定記事が3本お読みいただけます。


















