老後破産したエリートビジネスマンは、コンビニ店員として再出発できるのか
【第2回・後編】息子を医学部に入れたために家庭が崩壊 東南アジア現地法人の元社長・Bさんの場合
「人生100年時代のロールモデルがいない」――退職後のサラリーマンが迷走している。キャリア、居場所はリセットされ、年金不安時代は資産形成も「自己責任」。「人手不足」の号令の下、今日もシニアは働き続ける。『副業おじさん』『過労シニア』のルポライター・若月澪子が、奮闘し続ける令和シニアの素顔を追う。
◇ ◇ ◇
(前編からつづく)
30〜40代の頃は東南アジアの現地法人の社長を勤めていたBさん(62)。エグゼクティブなビジネスマンだった彼の人生を暗転させたのは、一人息子の挫折だった。
Bさんの一人息子は、医学部に進学したものの、入学後に環境に適応できず、うつ病を発症して休学。息子は快方に向かうことなく、時間だけが過ぎていった。
「息子が医学部に入学した時は、金銭的にも大変だけど、頑張ってサポートしようと思っていました。しかし学費を払っても、残留できるのは最大9年までというルールで。ギリギリまで粘りましたが…」
息子は復学できないまま大学を除籍された。
















