(2)「最年長のラモスさんに『日本代表を辞めてほしい』。捨て身の賭けに出た」
移動バスを遅延させたカズに対しても…
もちろん「和を尊ぶ」だけでは組織は成り立ちません。時には意を決して厳しい台詞を投げ掛けなければならない時もありました。
1992年8月のダイナスティカップ(現東アジアE-1選手権)で優勝した後でした。チームの規律が揺らぎかけた時期がありました。
最年長で影響力のあるラモスさん(69歳=東京V、岐阜、ビーチサッカー日本代表監督を歴任)が、オフト監督の推し進めるチーム戦術について不満を抱き、時に感情を露わにすることがありました。
このままでは「チームの和を乱しかねない」と判断した私は、意を決してラモスさんの元を訪ねました。
「今のままではチームがガタガタになる。(監督のやり方に)納得できないなら日本代表を辞めてほしい」と突き放すような言葉を投げました。
私は、ラモスさんが愛する日本を、愛する日本サッカーを見捨てるはずがないと確信していました。捨て身の賭けではありましたが、彼は真意を汲み取ってくれ、それから「オフトジャパンの一員」として素晴らしいパフォーマンスを発揮してくれました。
チームの移動バスを遅延させたカズに対しても、遠慮なく苦言を呈しました。
たとえスター選手であっても、一人のわがままが全体の規律を壊すことは許されません。でも「悪いことをした」と本人が理解してくれ、ひと言「すまなかった」と言ってくれたらそれで十分なのです。
カズは、チーム全員に謝罪の言葉を口にしてくれました。「最低限のルール」を「納得して守る」。そのバランスをどう保っていくか──。これこそが、キャプテンの仕事であると考えていました。
現在の日本代表を見れば、私たちの時代とは全く異なる難しさがあると思います。
選手の大半が欧州でプレーし、集合してから試合までの準備期間は数日しかありません。合宿を繰り返し、寝食をともにして絆を深めていった私たちの時代とは、取り巻く環境が激変しています。
遠藤航選手、その前の吉田麻也選手たち歴代キャプテンが厳しい状況の中、どうやって組織をまとめてきたか。彼らが多大な苦労を重ねたことは想像に難くありません。
もちろん、どんなに時代が変わろうとも、チームを勝たせるキャプテンこそが「いいキャプテン」という事実に揺るぎはありません。
何としてもまとめなければ──と必死になるのではなく、まずは「何でも言える環境を整える」こと。選手たちはみんな大人だし、チームは自ずと「同じ方向」に向かっていくはずです。
歴代のキャプテンが追っている責任の重さを私は、ピッチの外から興味深く、尊敬の念を持って見つめています。
「チームをまとめる秘訣は何でしょうか?」
機会があれば彼らに聞いてみたいと思います。(【第3回】へつづく)
(聞き手=森雅史/日本蹴球合同会社、絹見誠司/日刊ゲンダイ)
▽はしらたに・てつじ 1964年7月15日生まれ、京都市出身。京都商業から国士舘大。87年に日産自動車(現横浜M)入り。J開幕前の92年にヴェルディ川崎(現東京V)に移籍した。88~95年に日本代表として国際Aマッチ72試合に出場。引退後はJ1の札幌、東京V、J2の水戸、J3の鳥取、北九州、JFLの八戸で監督を歴任。2018年3月に花巻東高校サッカー部のテクニカルアドバイザーに就任(~2025年)。25年12月に千葉・明海大サッカー部(千葉県大学サッカーリーグ1部)監督に就任した。


















