なべおさみさん(4)当時28歳・落合博満の一言が私からゴルフを遠ざけた
ジャンボ尾崎の家に私が寝泊まりする際の部屋に、ある時、大男の若者がやって来ました。これが、次弟の尾崎健夫さんでした。少し後から、高校生のチンコイのがやって来た。これが末弟の尾崎直道さんでした。
2人がプロになり、成長していく姿が、今でも思い出されます。
ある時、ジャンボの家を訪ねたら義子夫人が「兄弟3人で近所に練習に行ったのよ!」と、うれしそうに話してくれました。行ってみると3人が並んでボールを打っていました。私は健夫さんの後ろに入って、ドライバーを打ち始めました。夢中になっているうちに流れる時間。「よーし! これまで!」と、ジャンボの声がしました。すると、健夫さんが言った。「あれぇ? 今、打ってたのなべさん?」
「うん!」
「ほーう。なら、オレ、謝る。あれなら274メートル信じるわ!」
以前、私が大きなゴルフ大会でドラコンを取ったと言っても信じてくれなかった健夫プロに認められ、ますます私はドライバー男になってしまったのです。
そんな私が、ゴルフに熱を入れなくなった決定的な出来事が、ジャンボとの出会いのほかにもうひとつありました。ある時、「なべさん、お付き合いしてくれないかなぁ」と、電話がありました。五木ひろしさんからです。恐縮しながら詳しいことをお聞きすると、五木さんはある方に「三冠王を取ったらゴルフに連れていくね」と約束したのだそうです。そしてその方は三冠王に輝いた。素晴らしい初タイトル。1982年の秋でした。
3人でハーフをプレーし、昼食になりました。私のヘタなゴルフにもスコアで負けて散々だったのは、ロッテオリオンズの主砲、みなさんご存じの落合博満さんです。28歳の落ち着いた若者でした。この時、五木さん34歳、私は43歳でした。
私は思い切ってお聞きしました。「その体で、なぜ三冠王が取れるのですか?」と。長い無言の後、落合さんがおっしゃった言葉は、私の一生の宝となりました。「私はね、
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