解説も楽しい50年ぶりの新訳

公開日: 更新日:

「美味礼讃」ブリア・サヴァラン著 玉村豊男訳・解説/新潮社 2800円+税

「どんなものを食べているか言ってみたまえ。君がどんな人か言い当てて見せよう」「新しい料理の発見は人類の幸福にとって天体の発見以上のものである」「チーズのないデザートは片目の美女である」――これらのアフォリズムで有名なサヴァランの「美味礼讃」は、長い間、岩波文庫版で親しまれてきた。その50年ぶりの新訳が本書である。

 といっても、単なる新訳ではない。まず、第1部の30の「瞑想」のうち10章分を省略、第2部の27ある「ヴァリエテ」を割愛。また原著冒頭に置かれていた「アフォリズム」を最後に回し、その他、冗長な部分や逸脱した部分を省いて読みやすくしたりなどしている。

 なにより特筆すべきは、ワイナリーを経営し料理や食文化にも博識をもって知られる編訳者の解説。普通こうした古典の場合、語句や事項に関する注が付されるのが通例だが、ここではエッセー風な解説が施されている。それも本文の途中にいきなり登場して、そこに出てくる食材の話や、この本が書かれた19世紀前半のフランスの社会風俗などを語っていく。

 時にはあたかも著者のサヴァランの古くからの知己のごとく、その心の内に入っていくなど、実に自在、闊達。いってみれば、玉村先生が生徒たちを相手に原著のテキストを読み上げていると、いきなり読むのをやめて、「そうそう、実はこれはね……」とうんちくを語りだすといったスタイルで、これがなんとも楽しい。

 古典というとなにか堅牢な建物といったイメージが強いが、その細部にはいい加減な部分もあり、勘違いしたり、偏見が潜んだりしていることも多い。むろん、そうした細部を研究することも必要ではあるが、その一方で、堅牢な建物をリフォームして親しみのあるものにすることも、古典のひとつの読み方だろう。それには忠実な翻訳以上に知識と力量が必要とされるのではあるけれども。
<狸>

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    3年連続MVP大谷翔平は来季も打者に軸足…ドジャースが“投手大谷”を制限せざるを得ない複雑事情

  2. 2

    自民党・麻生副総裁が高市経済政策に「異論」で波紋…“財政省の守護神”が政権の時限爆弾になる恐れ

  3. 3

    立花孝志容疑者を"担ぎ出した"とやり玉に…中田敦彦、ホリエモン、太田光のスタンスと逃げ腰に批判殺到

  4. 4

    最後はホテル勤務…事故死の奥大介さん“辛酸”舐めた引退後

  5. 5

    片山さつき財務相“苦しい”言い訳再び…「把握」しながら「失念」などありえない

  1. 6

    ドジャースからWBC侍J入りは「打者・大谷翔平」のみか…山本由伸は「慎重に検討」、朗希は“余裕なし”

  2. 7

    名古屋主婦殺人事件「最大のナゾ」 26年間に5000人も聴取…なぜ愛知県警は容疑者の女を疑わなかったのか

  3. 8

    阪神異例人事「和田元監督がヘッド就任」の舞台裏…藤川監督はコーチ陣に不満を募らせていた

  4. 9

    高市内閣支持率8割に立憲民主党は打つ手なし…いま解散されたら木っ端みじん

  5. 10

    《もう一度警察に行くしかないのか》若林志穂さん怒り収まらず長渕剛に宣戦布告も識者は“時間の壁”を指摘