本城雅人
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本城雅人作家

1965年、神奈川県生まれ。明治学院大学卒。スポーツ新聞の記者を経て09年「ノーバディノウズ」(第1回サムライジャパン野球文学賞)でデビュー。17年「ミッドナイト・ジャーナル」で第38回吉川英治文学新人賞を受賞。著書に「紙の城」「監督の問題」など多数。

連載<3> 日日の販売あがりに好き放題やられるな

公開日:  更新日:

 スポーツ紙の記者には不文律がある。一つ目は談話を教えてもらったら自分が聞いた別の選手の談話も教えること。二つ目は一対一で選手と話をしている記者の間には割り込まないこと。もちろん盗み聞きはご法度だ。すべてが翔馬の父、笠間哲治がライバル紙、東都スポーツの記者だった頃から続く掟のようなものだ。

 一度は諦めたのに、翔馬がなかなか帰って来ないものだから、二人は気になって追いかけてきたのだろう。自力ではなにもできない性根の腐った記者がたくさんいる。

 二人は「すみません」と謝り、足早に離れていった。
翔馬はゆっくり歩き、記者席に通じるエレベーターに乗ろうとした。扉が開くと、中から東都スポーツのキャップが出てきた。さっきの若手の上司にあたる。

 他紙でも先輩なので一応「お疲れ様です」と会釈すると、向こうも「お疲れ、笠間」と返してきた。彼は翔馬の父が記者だった頃に新人で指導を受けたらしく、最初に挨拶した時、「きみのお父さんには昔世話になった。厳しかったけど、思いやりのある人だった」と言われた。

 ただし本音は翔馬を嫌っている。翔馬が汐村の独自ネタを書いた翌日、さっきの新人記者に「あんな日日の販売あがりに好き放題やられてんじゃねえよ」と叱っている声が聞こえた。

「汐村はもう帰ったのか」様子を窺ってきた。

「はい、帰りました」

「うちのも一緒だったか」

「いいえ」

 そう言うと、翔馬が単独で汐村に聞いたと感づいたようだ。

「なぁ、笠間。昼間に東郷監督から一人で聞いた話があるんだけど、いるか?」

 交換条件を持ちかけてきた。東郷監督と一対一と言うことは、自宅から車に同乗させてもらったのだろう。東都のキャップだからできたのであって、日日のジェッツ番キャップなら乗せてもらえない。

 興味は湧いたが、「いいえ、結構です」と断り、エレベーターに乗った。

 帰宅したのは午前零時を回っていたが、玄関を開けるとリビングから母と妻の由貴子の声が聞こえてきた。

「お帰りなさい」由貴子が目立ち始めたお腹を抱えて椅子から起き上がり、母も「あら、案外早かったのね、試合が終わるのが遅かったからもっとかかるかと思ったわ」と表情を緩ませた。

「球場からまっすぐ帰ってきたから。母さん、急で悪かったね」

「いいのよ、明日は日曜だし、もしなにかあったら大変だから」

「お母さんのおかげで体を休めることができました」

 母の横で由貴子が笑顔で礼を言った。朝、出かける時、由貴子の顔が青白かった。「大丈夫か」と聞くと「ちょっと貧血っぽいけど大丈夫」と言われた。午前中の取材があってその場は出てしまったが、途中で心配になり、浦和に住む母に電話をして、赤羽のマンションまで来てもらった。

「キコの顔色も朝よりずっと良くなっているし、母さんに来てもらって良かったよ」

「安定期って言うけど、実際、お産は直前が一番大変なんだからね。あんたも由貴子さんになんでも任せてないで、ちゃんとやってね」

「最近は翔くん、掃除とかしてくれるようになったんですよ」

 由貴子がフォローしてくれたが、「どうせ休みも平気で飛ばすんでしょ」と母に言われた。

「そうでもないよね、翔くん」

「それは由貴子さん、ジェッツが調子がいいからよ」
 (つづく)

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