本城雅人
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本城雅人作家

1965年、神奈川県生まれ。明治学院大学卒。スポーツ新聞の記者を経て09年「ノーバディノウズ」(第1回サムライジャパン野球文学賞)でデビュー。17年「ミッドナイト・ジャーナル」で第38回吉川英治文学新人賞を受賞。著書に「紙の城」「監督の問題」など多数。

連載<4> 弟はちゃんと予備校に通っているのか

公開日: 更新日:

 父がスポーツ新聞の記者だけあって、母は野球記者の事情がよく分かっている。シーズン半ばまではたいしたことはない。終盤に入りストーブリーグが始まると、勤務表通りには休めなくなる。今年の場合、優勝しそうなので東郷監督は安泰だが、逸見のメジャー移籍に汐村の契約延長など、スポーツ新聞は大騒ぎになりそうだ。

「それでも父さんの頃と違って、今は必ず月八日休まないと総務部から注意を受けるようになったからね。出産休暇も取れるし」

「お父さんが若い頃は、週休一日だったのに、その一日も平気で飛んで、代休もなかったのよ」

 出産休暇も当時はなく、次男の翼の時は、母は翔馬を連れて実家のある仙台の病院で出産した。六歳だった翔馬は祖父母に面倒を見てもらった。

「でもあんたもなにも今、記者に異動しなくても良かったじゃない。販売だったらカレンダー通り休めたんでしょ」

「しょうがないですよ。会社の人事ですから」

 また由貴子が手助けしてくれた。記者に異動になったのは結婚を決めた後で、しかも大熊販売部長から「俺としては販売に残ってほしい」と言われたくらいだから、断ることもできた。だが翔馬は「行かせてください」と即答した。当時は結婚してもしばらくは二人で仕事をして、子供を作るのは先のつもりだったが、すぐに出来てしまった。出産日は十月後半、日本シリーズが終わり、逸見のメジャー移籍が決まり、ジェッツが逸見の代役を探している頃だ。何日も連続出勤で、夜遅くまで取材に飛び回っているのが今から想像できる。

「あんたも新米記者じゃ、休みたいって言っても会社も聞いてくれないだろうから、由貴子さんのことは母さんに任せて。幸い、私は今は忙しくないから」

 妊娠が発覚してから由貴子の体調がずっと不安定なだけに、こうして母が来てくれるのは心強い。とはいえ小学校教諭の母もけっして丈夫なわけではなく、七年前に父が急死してから働きづめだったせいで、去年体調を壊し、今は非常勤で欠員ができた学校を回っている。自分が仕送りをするから仕事をやめてはどうかと言っているが、「翼が大学を出るまでは頑張らないと」と言う。六つ下の弟は、大学受験に失敗して浪人中だ。

「翼はちゃんと予備校に通ってる?」

 気になって母に尋ねた。先月来てもらった時は、あまり行ってないみたいだと相談を受けた。翔馬は弟を呼び出し「母さんに予備校代出してもらってんだろ。しっかり勉強しろ」と注意した。

「さぁ、聞いても答えないから分からないけど、なんか最近、服がすごくタバコ臭いのよね」

 それならパチンコ屋かゲームセンターだろう。あいつは昔からそういう場所にばかり行っている。かといって不良学生ではない。おとなしい性格で、何をやるにしても気力が続かず、自己主張というものがまったくない。中学は一時登校拒否になり、やっと行きだしたと思ったら不良グループのパシリをさせられていた。

「お金はどうしてるんだろう」

「お母さんは決めたお小遣いしかあげてないから、そんなに持ってないはずだけど」

 そんなことをしていたら来年も受からない。だけど母は翼には甘いから、小遣いもそれなりには渡しているはずだ。 (つづく)

【連載】連載小説「使者」 本城雅人

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