「サイレント・フォールアウト」伊東英朗著
「サイレント・フォールアウト」伊東英朗著
80年前、広島と長崎に原爆を投下したアメリカは、その後も核開発に拍車をかけた。1950年代から国内で101回の大気圏内核実験と823回の地下核実験、太平洋の島々でも100回を超える核実験を行った。
太平洋のマグロ漁場で被曝した漁師たちを訪ね歩き、テレビ番組やドキュメンタリー映画で反核を訴えてきた著者は、次に加害国アメリカにカメラを向けた。度重なる核実験でアメリカ本土は放射性降下物(フォールアウト)に汚染されている。この「不都合な真実」をアメリカ国民に伝え、当事者意識を持ってもらいたいと考えたからだ。
2023年、著者が監督したドキュメンタリー映画「サイレント・フォールアウト」が公開された。映画と同名の本作はアメリカ国内で被曝した人たちや核実験に立ち会った兵士の証言、完成後に全米で行った上映ツアーの様子などで構成されたノンフィクション。映画からあふれ落ちた多くのエピソードも盛り込まれている。
1951年にネバダ州で行われた核実験は、実験場の風下に住む人たちをヒバクシャにした。カメラに向かって証言する人の多くが家族や友人を亡くし、自分もがんをはじめとする病で苦しんでいた。ネバダの東、ユタ州の牧場では羊が次々に死んだ。核兵器は作る過程でも命を危険にさらす。このことを、人々は知らされていなかったのだ。
一方で、国の政策に異議を唱えた人たちもいた。1950年代半ば、アメリカ中の牛乳が放射能で汚染されているといううわさが広がったとき、ミズーリ州セントルイスの母親たちが行動を起こした。6万本を超える子どもの乳歯を集め、専門家が分析したところ、子どもたちの体内の放射性物質が大幅に増えていることが分かった。この調査結果はケネディ大統領を動かし、大気圏内外と水中での核実験は停止された。市井の人々は、決して無力ではなかったのだ。
しかしその後も核開発は止まらず、核保有国は増え、世界は綱渡りをしている。人間はなんて愚かなのだろう。それでも本作は「諦めるな!」と強いメッセージを発信している。今こそ読まれるべき一冊。
(河出書房新社 2200円)