本城雅人
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本城雅人作家

1965年、神奈川県生まれ。明治学院大学卒。スポーツ新聞の記者を経て09年「ノーバディノウズ」(第1回サムライジャパン野球文学賞)でデビュー。17年「ミッドナイト・ジャーナル」で第38回吉川英治文学新人賞を受賞。著書に「紙の城」「監督の問題」など多数。

連載<2> 盗み聞きなんて卑怯なことはするな

公開日: 更新日:

「俺なんかより、きょうは逸見やろ」

 翔馬の質問に汐村はそう話した。自虐的だが、翔馬には悔しさが籠っているように聞こえた。仲間だろうが活躍されて悔しく思う気持ちは、大学まで野球部にいた翔馬も分かるつもりだ。

「確かに試合を決めたのは逸見さんのホームランですけど、ファンの汐村さんへの期待は、逸見さんと変わらないですよ」

 お世辞ではない。ジェッツに移籍してから、数字では年下の逸見に大きく差をつけられたが、汐村にはここぞというチャンスを次々とモノにしてきた天性の勝負強さがある。

「そういうんは昔の話や」

 さらに声が小さくなったが、他の選手がほとんど帰った廊下には自分たちの足音くらいしかなく、しっかり聞き取れる。

「それに俺が期待されてるのはホームランや。こんな成績やったら、使ってくれてる東郷監督に申し訳ない」

 これまでにないほどの謙虚さだった。もしかして膝の痛みが再発したのか、そう思って横目で窺ったが、歩く様子から変調は感じなかった。

 並んで階段を上がり、駐車場に入る。汐村が言ったようにあすの一面は決勝ツーランを放った逸見で、汐村は雑感だろう。もう十分なコメントを聞き出したが、せっかく自分一人なのだ。踏み込んだ取材をしないともったいない。

 汐村は今年で五年契約が切れる。すでにフロントの間で契約更改の話は出ているのか。まさかチームを出ていくつもりなのか……子供の頃からジェッツファンだった汐村だが、このチームでは調子を落とすたびにマスコミからバッシングされる。

「汐村さん、来年はどうされるつもりですか。逸見さんはメジャーに行くみたいだし、チームはますます汐村さんに残って欲しいんじゃないですか」

 ストレートに聞いた。汐村のようなタイプは回りくどい質問を嫌がる。

 前任の大槻監督は幾度か汐村をスタメンから外したが、今年から就任した東郷監督は汐村を五番で使い続けている。「東郷監督に申し訳ない」と話したくらいだからやはり残留して、来年は再び四番を目指すつもりではないか。それを確認しようとしたところで、背後に人の気配があるのに気づいた。

「では汐村さん、お疲れ様でした」

 愛車のマセラッティが見えたところで、頭を下げて取材を終えた。

 翔馬が踵を返して、歩いてきた方向に戻ろうとしたところ、三メートルほど後ろに、東都スポーツと東西スポーツの若手記者がペンとメモを持って立っていた。二人とも入社一年目で、翔馬より年下だ。

 翔馬が突然質問を打ち切ったことに彼らは驚いていたくせに、急に何食わぬ顔を作って、体の向きを歩いて来た方向に変えた。

「おい、待てよ」

 翔馬は二人を止めた。記者たちは明らかに怯えている。

「おまえら、俺の話を盗み聞きしに来たんだろ。そんな卑怯なことをすんじゃねえよ」

「盗み聞きなんて……そんなことありませんよ」

 東西の記者が声を震わせながら言い訳した。

「だったら俺が一度立ち止まった時、どうして汐村さんに付いて行かなかった。俺が止まったらおまえらも止まった。おまえたちは単独で汐村さんに聞く気はないんじゃねえのか」
 (つづく)

【連載】連載小説「使者」 本城雅人

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