行政府より立法府を優位に位置づけた私擬憲法

公開日: 更新日:

「五日市憲法」新井勝紘著/岩波書店 820円+税

 今年は明治維新から150年ということで、政府は関連施策を推進・計画しているが、盛り上がりはいまひとつ。50年前も明治百年記念式典が行われたが、そうした政府のお手盛り行事に対して、侵略戦争も含めて明治以降の歴史を改めて問い直そうという動きも多かった。

 その1968年の夏、東京西部・五日市の旧家の「開かずの蔵」から私擬憲法草案が発見された。後に「五日市憲法」と呼ばれるこの草案は、官製の明治百年祭とは全く異なる明治の精神を顕彰する貴重な文化遺産となる。

 くだんの土蔵調査に当たったのは東京経済大学の色川(大吉)ゼミの面々で、蔵の中から草案を最初に手にしたのが著者だった。自由民権運動の高まりの中、国会設立と憲法制定を主張していた民権派による私擬憲法草案起草の動きは全国各地で見られ、この五日市憲法もそのひとつ。多くが途中で挫折した中で、全5編204条の成案までこぎ着けたのはまれな例だという。

 その特徴は国民の権利保障を軸に、行政府より立法府を優位に位置づけ、国民の権利を保障するために司法権を規定するなど先駆的かつ独創的な考えが盛り込まれていること。

 となれば、誰がこれを書いたのかに関心は向く。後半は草案起草者の千葉卓三郎なる人物の人生を追う一種のドキュメンタリーとなる。仙台藩の下級武士の家に生まれ、各地を遍歴しながら漢学、露仏語、キリスト教、数学などを学び、そこで培った自立自尊の思想が草案に盛り込まれていることが明らかにされる。

 安倍政権は「改憲」に意欲を燃やしているようだが、維新以降、この五日市憲法をはじめとするさまざまな憲法草案があり、そこに込められた国民の意思を再検証することこそが、真の意味で150年を記念することなのではないだろうか。<狸>

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    松任谷由実が矢沢永吉に学んだ“桁違いの金持ち”哲学…「恋人がサンタクロース」発売前年の出来事

  2. 2

    ヤクルト「FA東浜巨獲得」に現実味 村上宗隆の譲渡金10億円を原資に課題の先発補強

  3. 3

    どこよりも早い2026年国内女子ゴルフ大予想 女王候補5人の前に立ちはだかるのはこの選手

  4. 4

    「五十年目の俺たちの旅」最新映画が公開 “オメダ“役の田中健を直撃 「これで終わってもいいと思えるくらいの作品」

  5. 5

    「M-1グランプリ2025」超ダークホースの「たくろう」が初の決勝進出で圧勝したワケ

  1. 6

    出家否定も 新木優子「幸福の科学」カミングアウトの波紋

  2. 7

    福原愛が再婚&オメデタも世論は冷ややか…再燃する「W不倫疑惑」と略奪愛報道の“後始末”

  3. 8

    早大が全国高校駅伝「花の1区」逸材乱獲 日本人最高記録を大幅更新の増子陽太まで

  4. 9

    匂わせか、偶然か…Travis Japan松田元太と前田敦子の《お揃い》疑惑にファンがザワつく微妙なワケ

  5. 10

    官邸幹部「核保有」発言不問の不気味な“魂胆” 高市政権の姑息な軍国化は年明けに暴走する