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佐川光晴

◇さがわ・みつはる 1965年、東京都生まれ。北海道大学法学部卒業。2000年「生活の設計」で第32回新潮新人賞受賞。02年「縮んだ愛」で第24回野間文芸新人賞、11年「おれのおばさん」で第26回坪田譲治文学賞受賞。著書に「牛を屠る」「日の出」など多数。「大きくなる日」は近年の中学入試頻出作品として知られる。

第1話 じゃりン子チエは神 <3>

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母親まで長女美岬をエコひいき

 三男は、千春をからかった男子たちをとっちめてやりたかった。仮面ライダーになりきって、ライダーキックやライダーパンチをお見舞いしてやりたかったが、来るべきものが来たと思ってもいた。

 親のひいき目を差し引いても、美岬は素晴らしい美人だ。すっと伸びた鼻に秀でた額、黒目がちな目は憂いを帯びて、三男は父親でありながら、美岬と目が合うとドキドキすることがあった。しかも小顔で手足が長い。日本人離れした美貌とスタイルで、美岬は幼い頃から人目を引いた。

 対する千春は、けっして不美人というわけではないが、美岬とは似ても似つかなかった。正直に言えば、誕生したばかりの千春を抱いた時、「神様、エコひいきが過ぎますよ」と三男はキリスト教徒でもないのに、頭の中で苦情を述べた。

 三男も二重瞼の大きな目に鼻筋の通ったイケメンで、かわいい子だと褒めそやされて育った。ただし身長は160センチまでしか伸びなかった。体操選手としては普通だし、背が高くなればそれだけ体重も増えて、肩、膝、腰に負担がかかる。オリンピック出場をめざすアスリートにとって小柄な体格は好都合だったが、一人の男性としては、せめてあと5センチ、かなうならあと10センチは身長が欲しかった。走り幅跳びの選手だった莉乃は176センチの長身で、手足も長い。彼女とつきあうようになってから、三男はよりいっそう背が高くなりたいと思った。

 つまり長女の美岬は両親の長所とされる性質をことごとく受け継いだわけだ。首から上は三男で、首から下は莉乃。ところが、9年後に生まれた千春は首から上が母親で、首から下は父親に似てしまったのである。

 初めのうちこそ戸惑ったものの、三男は千春がかわいかった。妹弟を欲しがっていた美岬の喜び方も大変なものだった。小学3年生になっていたので、美岬はオムツ代えも、ミルクをあげるのも手伝ってくれて、三男は大いに助かった。

 千春は気性も美岬と正反対だった。美岬は泣き声も小さくて、夜もすやすや眠ってくれたのに、千春は喉が破れるのではないかという大声で夜泣きをした。ようやく寝かしつけても、ちょっとした物音で目を覚ましては泣きじゃくる。

 美岬が生まれた時は、三男も莉乃も28歳と若かった。しかし37歳での子育ては、体力に自信がある三男にとっても一苦労だった。ましてや、フルタイムで働いている莉乃に負担をかけるわけにはいかない。

 美岬を産んだ時と同じく、莉乃は産後6週間で仕事に復帰したので、三男は妻を別の部屋で休ませることにした。そして自分は千春と寝食を共にする。

 主夫として、ふたりの娘を育てながら、三男は自分が美岬と千春を分けへだてなく愛していることに気づいていた。器量も性格もまるで違う姉妹だが、そんなことは問題ではなく、どちらのことも本当に愛おしいのである。

 厄介なのは、親戚や近所のひとたちが、美岬ばかりを褒めることだった。非の打ちどころのない美人であるうえに礼儀正しいのだから、美岬とあいさつを交わすだけでうれしくなる気持ちはよく分かる。しかも、千春は気が強くて不愛想ときているのだから、なおさらだ。

 ただし、母親である莉乃までもが美岬をエコひいきしているのは許せなかった。

 千春がクラスの男子たちにからかわれて口をきかなくなった時も、莉乃は明らかにリオ五輪を9ヵ月後に控えた美岬が動揺することのほうを心配していた。

 (つづく)

【連載】昭和40年男

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