「椿宿の辺りに」梨木香歩著

公開日: 更新日:

 某化粧品会社の皮膚科学研究員、佐田山幸彦は、三十肩の激痛に悩んでいる。それは、存在の基盤を揺るがすような痛みだった。ある日、疎遠だったいとこの海子に所用で連絡すると、彼女もまた原因不明の痛みに苦しんでいた。海子の正式な名は海幸比子。神話の海幸・山幸にちなんでこう名づけられた2人は、痛みという共通の苦悩から逃れようと、距離を縮める。

 海子に紹介された仮縫鍼灸院には一風変わった双子兄妹がいて、痛みの原因は深いところにあるという。実家で寝ついている祖母を見舞うと、夢枕に立った亡き祖父の伝言を告げられた。祖父は明治以来4代にわたって受け継いできた椿宿の屋敷の後始末を心配しているという。自分の体の痛みは先祖からもたらされたとでもいうのか?

 先祖に導かれるように、山幸彦は生まれて初めて椿宿に赴く。祖父のお告げに従って、敷地にある小さなお稲荷さんに油揚げを供えた。お稲荷さんの存在は、先祖の出自と運命の証しだった。

「古事記」の海幸・山幸に3人目の宙幸彦が加わって、ある一族の物語が展開する。自然のダイナミズムと人間の営み、土地の傷と人間の傷、体の痛みと心の痛みは、深く結びついている。見えないものの深遠を軽やかに描いた長編小説。

 (朝日新聞出版 1500円+税)

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    安青錦は大関昇進も“課題”クリアできず…「手で受けるだけ」の立ち合いに厳しい指摘

  2. 2

    阿部巨人に大激震! 24歳の次世代正捕手候補がトレード直訴の波紋「若い時間がムダになっちゃう」と吐露

  3. 3

    マエケン楽天入り最有力…“本命”だった巨人はフラれて万々歳? OB投手も「獲得失敗がプラスになる」

  4. 4

    中日FA柳に続きマエケンにも逃げられ…苦境の巨人にまさかの菅野智之“出戻り復帰”が浮上

  5. 5

    今田美桜に襲い掛かった「3億円トラブル」報道で“CM女王”消滅…女優業へのダメージも避けられず

  1. 6

    高市政権の“軍拡シナリオ”に綻び…トランプ大統領との電話会談で露呈した「米国の本音」

  2. 7

    エジプト考古学者・吉村作治さんは5年間の車椅子生活を経て…80歳の現在も情熱を失わず

  3. 8

    日中対立激化招いた高市外交に漂う“食傷ムード”…海外の有力メディアから懸念や皮肉が続々と

  4. 9

    安青錦の大関昇進めぐり「賛成」「反対」真っ二つ…苦手の横綱・大の里に善戦したと思いきや

  5. 10

    石破前首相も参戦で「おこめ券」批判拡大…届くのは春以降、米価下落ならありがたみゼロ