「ファーストクラッシュ」山田詠美著

公開日: 更新日:

 初恋は「ファーストクラッシュ」と訳されることがある。

 甘酸っぱくほほ笑ましいイメージではなく、身も心も粉々に砕かれる感覚。あるいは相手の中の何かを叩き壊したいという欲望。ある時期、同じ少年に心を奪われた3姉妹が、それぞれ自分のファーストクラッシュを回想する3つの恋の物語。

 両親と3姉妹が暮らす裕福な高見澤家に、1人の男の子がやってきた。新堂力。父の愛人の息子で、母親の死後、心優しく能天気な父が引き取ったのだ。薄汚れているが魅力的な顔をした力は、高見澤家の女たちの心をざわつかせた。

 読書家で皮肉屋の次女・咲也は、風紀係のように力の言動に目を光らせる。あのみなし子がいい気にならないように、と。美しく清らかで、ヒロイン然とした長女・麗子は、力を従者のように扱い、毎朝、カバンを力に持たせて通学する。

 まだ幼い三女・薫子は力を「リッキ」と呼び、子犬のようにじゃれつく。リッキは私が見つけた可愛い捨て犬。私たちは犬仲間!

 お嬢さまたちは別の生き物のような力が気になってたまらない。不穏な感情に無自覚な恋が入り交じり、揺れる。

 夏の日、庭のホースで水飛沫を浴びる力。ふと男の気配を漂わせる力。静かに涙をこぼす力。少女だった自分のあの頃を思い出し、三者三様の記憶のかけらがきらめく。胸がキュンとなる芳醇な恋愛小説。

(文藝春秋 1500円+税)

【連載】ベストセラー読みどころ

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    新生阿部巨人は早くも道険し…「疑問残る」コーチ人事にOBが痛烈批判

  2. 2

    阿部巨人V逸の責任を取るのは二岡ヘッドだけか…杉内投手チーフコーチの手腕にも疑問の声

  3. 3

    阪神「次の二軍監督」候補に挙がる2人の大物OB…人選の大前提は“藤川野球”にマッチすること

  4. 4

    阪神・大山を“逆シリーズ男”にしたソフトバンクの秘策…開幕前から丸裸、ようやく初安打・初打点

  5. 5

    巨人桑田二軍監督の“排除”に「原前監督が動いた説」浮上…事実上のクビは必然だった

  1. 6

    創価学会OB長井秀和氏が明かす芸能人チーム「芸術部」の正体…政界、芸能界で蠢く売れっ子たち

  2. 7

    阪神の日本シリーズ敗退は藤川監督の“自滅”だった…自軍にまで「情報隠し」で選手負担激増の本末転倒

  3. 8

    大谷翔平の来春WBC「二刀流封印」に現実味…ドジャース首脳陣が危機感募らすワールドシリーズの深刻疲労

  4. 9

    大死闘のワールドシリーズにかすむ日本シリーズ「見る気しない」の声続出…日米頂上決戦めぐる彼我の差

  5. 10

    ソフトB柳田悠岐が明かす阪神・佐藤輝明の“最大の武器”…「自分より全然上ですよ」