「ファーストクラッシュ」山田詠美著

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 初恋は「ファーストクラッシュ」と訳されることがある。

 甘酸っぱくほほ笑ましいイメージではなく、身も心も粉々に砕かれる感覚。あるいは相手の中の何かを叩き壊したいという欲望。ある時期、同じ少年に心を奪われた3姉妹が、それぞれ自分のファーストクラッシュを回想する3つの恋の物語。

 両親と3姉妹が暮らす裕福な高見澤家に、1人の男の子がやってきた。新堂力。父の愛人の息子で、母親の死後、心優しく能天気な父が引き取ったのだ。薄汚れているが魅力的な顔をした力は、高見澤家の女たちの心をざわつかせた。

 読書家で皮肉屋の次女・咲也は、風紀係のように力の言動に目を光らせる。あのみなし子がいい気にならないように、と。美しく清らかで、ヒロイン然とした長女・麗子は、力を従者のように扱い、毎朝、カバンを力に持たせて通学する。

 まだ幼い三女・薫子は力を「リッキ」と呼び、子犬のようにじゃれつく。リッキは私が見つけた可愛い捨て犬。私たちは犬仲間!

 お嬢さまたちは別の生き物のような力が気になってたまらない。不穏な感情に無自覚な恋が入り交じり、揺れる。

 夏の日、庭のホースで水飛沫を浴びる力。ふと男の気配を漂わせる力。静かに涙をこぼす力。少女だった自分のあの頃を思い出し、三者三様の記憶のかけらがきらめく。胸がキュンとなる芳醇な恋愛小説。

(文藝春秋 1500円+税)

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