著者のコラム一覧
北上次郎評論家

1946年、東京都生まれ。明治大学文学部卒。本名は目黒考二。76年、椎名誠を編集長に「本の雑誌」を創刊。ペンネームの北上次郎名で「冒険小説論―近代ヒーロー像100年の変遷」など著作多数。本紙でも「北上次郎のこれが面白極上本だ!」を好評連載中。趣味は競馬。

「わたしの美しい庭」凪良ゆう著

公開日: 更新日:

 統理と百音は、やや不思議な関係だ。統理の元妻が再婚して生まれたのが百音なのである。その百音の両親が交通事故で亡くなったので、統理が引き取って一緒に暮らしている。つまりこの2人は血がつながっていない。

「なさぬ仲は大変よ。しかも男手ひとつなんて」と近所のおばさんたちの噂話を盗み聞きしたのは百音が8歳のときで、その意味がよくわからなかった。彼女はとても幸福だったから。同じマンションの隣室に住むゲイの路有(統理の高校の同級生で、統理の部屋の鍵
を持っているので、勝手に入りこんでは朝食を作ってくれる)もいるし、百音には何の不満もない。

 この3人を中心に物語は進んでいくが、前作「流浪の月」(これは傑作!)とは違って、特に事件らしい事件は起こらない。毎日が淡々と過ぎていく様子を描くだけだが、それがじわじわと読ませるから素晴らしい。

 病院に勤務する桃子、彼女の初恋の人・坂口の弟、基。彼らを含め、生きづらさを感じている人々の日々をやさしく、丁寧に描いていくのだ。

 この小説には5人が登場しているが、統理の視点だけがないことに留意。つまり統理が何を考えて百音を引き取ったのか、いま何を考えているのか、読者には知らされないのだ。だからその分だけ、この青年は幸福なんだろうかという思いが、ぐんぐん広がっていくのである。

 (ポプラ社 1500円+税)

【連載】北上次郎のこれが面白極上本だ!

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