「記憶する体」伊藤亜紗著

公開日: 更新日:

「幻肢痛」とは、手や足など体の一部を切断した人や麻痺(まひ)のある人が、存在しないはずの手や足をあたかもあるように感じ、その感覚に伴う激しい痛みのことだ。原因は「動くだろう」という脳が記憶している手や足の動きと、現実の手や足の動きとのズレにあるという。心身二元論といわれるが、実際にはこのように記憶と体は不可分に結びついている。

 本書は体に刻まれた記憶がいかにしてその体に作動するのかを、12人の体の記憶を通して探っていこうというもの。

 登場するのは、視覚障害、四肢切断、麻痺、二分脊椎症などの障害がある人たち。それぞれ固有の記憶と体の関係を有しているが、共通しているのは物理的には1つの体なのに、実際には2つの体を使いこなしているように見えること。たとえば、19歳で全盲になった女性は、失明してから10年以上経つ今でも、著者のインタビューに答えている間、ずっと手元の紙にメモを取っていた。それは書くという能力が鮮度を保ったまま冷凍パックされているかのようで、見えない体を生きつつ、同時に見える前提で体を扱っているのだ。

 あるいは、交通事故で左足膝下を失ったダンサーは、左足を積極的に使うことでオートマチックに動く右足とは違ったマニュアル制御として、オートマとマニュアルの両様を駆使しながらダンスを踊っている。生まれつき脊椎が2つに分かれ下半身が麻痺している二分脊椎症の人は、痛みを感じないはずの足に血が出ているのを見ると、痛みを感じるという。恐らく上半身の記憶から「痛いような感じ」がつくられたものと思われる。

 自分の体の中に別の体がある――記憶が生み出す「多重身体」の不思議を紹介する本書は、人類の身体における新たな地平を開いてくれる。 <狸>

(春秋社 1800円+税)

【連載】本の森

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    巨人が李承燁コーチ就任を発表も…OBが「チグハグ」とクビを傾げるFA松本剛獲得の矛盾

  2. 2

    農水省ゴリ押し「おこめ券」は完全失速…鈴木農相も「食料品全般に使える」とコメ高騰対策から逸脱の本末転倒

  3. 3

    TBS「ザ・ロイヤルファミリー」はロケ地巡礼も大盛り上がり

  4. 4

    維新の政権しがみつき戦略は破綻確実…定数削減を「改革のセンターピン」とイキった吉村代表ダサすぎる発言後退

  5. 5

    3度目の日本記録更新 マラソン大迫傑は目的と手段が明確で“分かりやすい”から面白い

  1. 6

    国分太一“追放”騒動…日テレが一転して平謝りのウラを読む

  2. 7

    粗品「THE W」での“爆弾発言”が物議…「1秒も面白くなかった」「レベルの低い大会だった」「間違ったお笑い」

  3. 8

    阿部巨人に大激震! 24歳の次世代正捕手候補がトレード直訴の波紋「若い時間がムダになっちゃう」と吐露

  4. 9

    「おまえになんか、値がつかないよ」編成本部長の捨て台詞でFA宣言を決意した

  5. 10

    巨人阿部監督の“育成放棄宣言”に選手とファン絶望…ベテラン偏重、補強優先はもうウンザリ