「彼岸の図書館」青木真兵、海青子著

公開日: 更新日:

 奈良県東吉野村。周囲は一面の緑で山を縫うようにして細い道路が走り、その道路沿いを流れる川の向こう岸に「人文系私設図書館 ルチャ・リブロ」がある。「こんな山深いところに図書館?」と驚かされるが、本書はこの図書館を立ち上げた青木夫妻が、どうしてこの地に移住してきたのか、そして自宅を図書館という公共スペースとして開放するという実験を実現するに至ったのかが、この「実験」に関わった人たちとの対話を通して語られている。

 青木夫妻が結婚した2カ月後に東日本大震災が起こる。この震災をきっかけに周囲のいびつな状況があらわになり、2人ともに体調を崩していく。そこから抜け出すべく地方移住サイトを検索し、行き当たったのが東吉野村だった。

 真兵はその間、実験的ネットラジオ「オムライスラヂオ」を立ち上げ、ゼミの恩師である内田樹をはじめ、いろいろな人たちをゲストとして招き、彼らとの対話を通して、徐々に妻の海青子が勤めていた職場の図書館を自宅に造りたいと思うようになる。

 そして2016年4月、うっそうと茂る杉並木の中の家を見つけ、そこを出入り自由の図書館にする。橋を渡っていくから「彼岸の図書館」。歴史・文学・思想・サブカルチャーなど、人文系の書籍を中心にしたラインアップで、蔵書数は約2000冊。時あたかも「文学部不要論」が言挙げされた時期に、あえて「人文系私設図書館」と標榜するところに夫妻の気概がうかがえる。

 本書は、東日本大震災以後に直面した都市の脆弱性と制御不能の科学技術に対する深刻な危機から、地方への移住を思想化していこうとするネットワークの存在を教えてくれる。その意味でも、この彼岸の図書館が今後どのような活動をしていくのか見守っていきたい。

<狸>

(夕書房 2000円+税)

【連載】本の森

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    星野監督1年目…周囲から浮いても関係ない「今岡は変わった」と思わせたくてアップから全力だった

  2. 2

    フジテレビ騒動で蒸し返される…“早期退職アナ”佐藤里佳さん苦言《役員の好みで採用》が話題

  3. 3

    元フジテレビ長谷川豊アナが“おすぎ上納”告白で実名…佐々木恭子アナは災難か自業自得か

  4. 4

    若林志穂さん「生活保護受給」をXで明かす…性被害告発時のアンチ減り、共感者続出のワケ

  5. 5

    フジ・メディアHD経営刷新委に吉田真貴子氏の名前…"高級和牛ステーキ接待"で辞職→天下り疑惑の元総務官僚

  1. 6

    今季日本人13人参戦の米女子ツアー 厄介な「敵」は会場ごとに異なる芝質だけではない

  2. 7

    まさか破局? 綾瀬はるか《痩せすぎじゃ?》の声で気になる11歳年下アイドルとの結婚の行方

  3. 8

    《もう一度警察に行くしかないのか》若林志穂さん怒り収まらず長渕剛に宣戦布告も識者は“時間の壁”を指摘

  4. 9

    長澤まさみの身長は本当に公称の「169センチ」か? 映画「海街diary」の写真で検証

  5. 10

    フジテレビ危機で泣いた松本潤、笑うキムタク…「どうする家康」の黒歴史を“上書き”できない不運