「ナウシカ考」赤坂憲雄著

公開日: 更新日:

 傷ついた王蟲(オーム)の子どもとともに猛り狂う王蟲の群れの中に身を投じ、王蟲の金の触手に癒やされて蘇る青い衣の少女戦士――アニメ版「風の谷のナウシカ」は、崇高な自己犠牲を高らかにうたって幕を閉じる。アニメ版が上映された10年半後に完結したマンガ版「ナウシカ」は、トルメキアのヴ王の遺体をナウシカをはじめ多くの人たちが囲み、「さあみんな出発しましょう、どんなに苦しくとも」というナウシカの言葉と、「生きねば……」のナレーションで終わる。アニメ版のエコロジカルな印象が強い「ナウシカ」だが、宮崎駿が十数年をかけて完成にこぎ着けたマンガ版には、アニメ版では描かれなかったより広くて深い世界が描かれている。

 本書はマンガ版「ナウシカ」を一編の思想の書として捉え、その思想の到達点を探る試みである。

 著者はまず、「ナウシカ」の原点ともいうべき宮崎のマンガ「砂漠の民」と絵物語「シュナの旅」を取り上げ、そこに宮崎の強い西域への憧憬(しょうけい)を見いだし、「ナウシカ」にもそれが色濃く反映されていることを明かしていく。次いで部族社会としての風の谷の社会構成、腐海の意味、さらにナウシカの旅が黙示録的な終末世界を舞台としながらも、最終的には千年王国の夢紡ぎを断罪した、黙示録への抵抗の書として描かれていることの意味を掘り起こしていく。

 著者が言うように、マンガ版「ナウシカ」は、実に多声的(ポリフォニック)な物語で、耳を澄ますとそこここから豊穣な声が呼びかけてくる。現在、新作歌舞伎の「ナウシカ」が上演されているが、この先も「ナウシカ」という作品はさまざまな変遷を遂げながら、生物としての人間がいかに生きていくべきかを真摯に問い続けていくに違いない。 <狸>

(岩波書店 2200円+税)

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1
    3Aでもボロボロ…藤浪晋太郎の活路を開くのは阪神復帰か? 日本ハム、オリックス移籍か

    3Aでもボロボロ…藤浪晋太郎の活路を開くのは阪神復帰か? 日本ハム、オリックス移籍か

  2. 2
    本来は「9月左翼構想」だが…大谷が打てば打つほど手術明けの外野守備は前倒しの気配

    本来は「9月左翼構想」だが…大谷が打てば打つほど手術明けの外野守備は前倒しの気配

  3. 3
    訪日客狙い“奥日光2泊3日400万円ツアー”のアテが外れた理由

    訪日客狙い“奥日光2泊3日400万円ツアー”のアテが外れた理由

  4. 4
    「いまだに、ああいうスタンスは何なのだろうと…」当時の山田GMが首をひねった図太い神経

    「いまだに、ああいうスタンスは何なのだろうと…」当時の山田GMが首をひねった図太い神経

  5. 5
    渡辺徹さんの死は美談ばかりではなかった…妻・郁恵さんを苦しめた「不倫と牛飲馬食」

    渡辺徹さんの死は美談ばかりではなかった…妻・郁恵さんを苦しめた「不倫と牛飲馬食」

  1. 6
    真美子夫人も共同オーナーに? 大谷「25億円別荘購入」の次は女子プロバスケチーム買収か

    真美子夫人も共同オーナーに? 大谷「25億円別荘購入」の次は女子プロバスケチーム買収か

  2. 7
    大谷「DH独占」打ちまくり、週間MVPも…他の野手を休ませられないロバーツ監督のジレンマ

    大谷「DH独占」打ちまくり、週間MVPも…他の野手を休ませられないロバーツ監督のジレンマ

  3. 8
    3人兄妹の末っ子だから年上と遊ぶ機会が多く、彼らと遊ぶだけの体力もあった

    3人兄妹の末っ子だから年上と遊ぶ機会が多く、彼らと遊ぶだけの体力もあった

  4. 9
    東山紀之社長の鉄面皮「SMILE-UP.」の体質は旧態依然…進まぬ被害者補償に批判と失望

    東山紀之社長の鉄面皮「SMILE-UP.」の体質は旧態依然…進まぬ被害者補償に批判と失望

  5. 10
    当時日本ハムGMだった山田正雄氏が「この性格はプロでやる上でプラスになる」と確信した決定的瞬間

    当時日本ハムGMだった山田正雄氏が「この性格はプロでやる上でプラスになる」と確信した決定的瞬間