「ドキュメント 感染症利権」山岡淳一郎氏

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 すでに9月に入り、間もなく秋を迎えようとしている今、国の新型コロナウイルス対策は進歩しているとはとても思えない状況だ。

「往々にして、政府は感染症の影響を小さく見せたがります。緊急事態宣言の解除決定を前に会見を開いた安倍首相は、“罰則を伴う強制的な規制を実施しなくても今回の流行をほぼ収束させた”として『日本モデル』を自画自賛し、日本の優位さに言及していました。しかし、この発言には印象操作が入っており、そこには利権と政治が絡んでいるんです」

 本書では、731部隊による人体実験やハンセン病の隔離政策など、感染症黎明期における主導権争いの実態などもひもときながら、今回のコロナ対策が決してうまくいっているとは言えない背景にある闇を解明。感染症と政治や利権との関係について浮き彫りにしている。

 安倍政権の対策を振り返ってみれば、まずは東京オリ・パラの利権に行き当たると著者は言う。

「国と都の予算規模で2兆円を超える利権ですから、決行したいばかりに感染症の影響を最小限に見せたかったのは明らかです。しかし、人口100万人当たりのコロナ感染による日本の死亡者数は7・7人で、アメリカやイギリスと比べれば少ないだけであり、アジアに目を向けてみると韓国5・5人、中国では3・2人(2020年7月3日現在)。日本の対策が優秀などとはまったく言えない状況です」

 また、安倍政権のコロナ対策の最大にして最悪の問題にPCR検査が増えないことが挙げられるが、そのカラクリも本書を読めば明らかになる。元凶となっているのは、厚生労働省と文部科学省の縄張り争いだ。

「日本の感染症対策は厚労省と国立感染症研究所、国立国際医療研究センターが主軸となって行っています。しかし、乗客乗員3711人を乗せたダイヤモンド・プリンセス号によって途端にキャパオーバーした。一方、文科省はこの頃、PCR検査機を所有する多くの大学に検査能力に関する聞き取り調査を終えていました。つまり、厚労省と文科省が垣根を越えて連携すれば、検査拡大は容易だったはずです」

 ところが、加藤厚労大臣は文科省への協力を要請せず、文科省も厚労省に働きかけず不作為を決め込んだ。さらに厚労省は、一般の大病院のPCR検査も認めようとしなかった。厚労省はテリトリーにしがみつき、文科省は大学や研究機関の検査能力をまったく生かせなかったのだ。

「省庁間にテリトリーがあるのは当然のことで、非常事態には間に入ってつなげるのが政治家の役割です。しかし、いまだに誰でもPCR検査が受けられる状態にはなっていません。安倍首相の言う『日本モデル』があるとすれば、“大臣の縄張り”かも知れません」

 検査でこうなのだから、薬やワクチンともなれば、さらに大きな利権によって私たちの健康が脅かされないか心配になる。本書では、日本で最初に抗ウイルス薬として特例承認されたレムデシビルについても解説。製造元であるギリアド・サイエンシズ社が、アメリカ有数の“政治銘柄”であることなどにも言及している。

「政治の世界に利権は付きものですが、今回ばかりは私たちの命に直結する問題です。国民が自分事として真実を知り、政治家たちの動向を注意深く見守るきっかけとして欲しいですね」

(筑摩書房 840円+税)

▽やまおか・じゅんいちろう 1959年愛媛県生まれ。ノンフィクション作家。一般社団法人デモクラシータイムス同人。東京富士大学客員教授。「人と時代」「公と私」をテーマに政治・経済・医療など分野を超えて執筆。「原発と権力」「インフラの呪縛」「長生きしても報われない社会」など著書多数。

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