「白い病」カレル・チャペック著 阿部賢一訳

公開日: 更新日:

 中国発の新しい病気で、優に500万人が亡くなり、1200万人が罹患(りかん)し、少なくともその3倍の数の人間が無症状のまま世界中を駆けずり回っている――現在のCOVID―19を彷彿(ほうふつ)させる「白い病」がパンデミックを起こしている世界を描いたのが「ロボット」という新造語をつくったことで知られるカレル・チャペックだ。

 白い病は50歳前後になると皮膚に大理石のような白い斑点ができ、やがて死に至るという伝染病で、特効薬がない。

 そこへ町医者のガレーンが、治療法が見つかったようなので大学病院で臨床実験をさせてほしいと、枢密顧問官のジーゲリウスの元へやってきた。

 半信半疑ながら許可するジーゲリウスだが、どうやらガレーンの治療法は本物のようだ。折しもこの国では独裁者の「元帥」の指揮下で戦争が始まろうとしていた。特効薬の噂を聞きつけてきた新聞記者たちを前に、ガレーンは「戦争放棄を明言する国と国民に対して薬を提供するが、そうでない場合は提供を断固拒否する」と公言。これを聞いた元帥は拷問してでもガレーンに協力させようとするが、当の元帥の胸に白い斑点が……。

 チャペックは、原爆を思わせる新型爆弾を描いた「クラカチット」、原子炉の危険性を見据えた「絶対子工場」など予見的な作品を残しているが、この「白い病」は現在にあってその予見性が際立つ。

 白い病が怖くないのかと問われ「私に恐怖はない」といって戦争を強行しようとしたところ、自らが病にかかってしまいうろたえる元帥の姿は、どこぞの大統領を思わせる。これも優れた予見性のゆえか。この新訳は今回の緊急事態宣言下でなされ、すぐさま文庫となった。訳者ならびに編集者の強い危機感がなせた業だろう。

 この戯曲が書かれたのは1937年。翌38年、チャペックは48年の短い生涯を終える。39年には第2次世界大戦が勃発し、故国チェコスロバキアはナチス・ドイツに解体されてしまう。

 この作品に託されたチャペックの戦争放棄への願いは、いまだ実現していない。 <狸>

(岩波書店 580円+税)

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1
    西武フロントの致命的欠陥…功労者の引き留めベタ、補強すら空振り連発の悲惨

    西武フロントの致命的欠陥…功労者の引き留めベタ、補強すら空振り連発の悲惨

  2. 2
    西武の単独最下位は誰のせい? 若手野手の惨状に「松井監督は二軍で誰を育てた?」の痛烈批判

    西武の単独最下位は誰のせい? 若手野手の惨状に「松井監督は二軍で誰を育てた?」の痛烈批判

  3. 3
    巨人・小林誠司の先制決勝適時打を生んだ「死に物狂い」なLINE自撮り動画

    巨人・小林誠司の先制決勝適時打を生んだ「死に物狂い」なLINE自撮り動画

  4. 4
    全国紙が全国紙でなくなる?「新聞販売店」倒産急増の背景…発行部数の激減、人手不足も一因に

    全国紙が全国紙でなくなる?「新聞販売店」倒産急増の背景…発行部数の激減、人手不足も一因に

  5. 5
    花巻東時代は食トレに苦戦、残した弁当を放置してカビだらけにしたことも

    花巻東時代は食トレに苦戦、残した弁当を放置してカビだらけにしたことも

  1. 6
    日本ハムは過去2年より期待できそう 新外国人レイエスが見せつけた恐るべきパワー

    日本ハムは過去2年より期待できそう 新外国人レイエスが見せつけた恐るべきパワー

  2. 7
    大谷はアスリートだった両親の元、「ずいぶんしっかりした顔つき」で産まれてきた

    大谷はアスリートだった両親の元、「ずいぶんしっかりした顔つき」で産まれてきた

  3. 8
    【中日編】立浪監督が「秘密兵器」に挙げた意外な名前

    【中日編】立浪監督が「秘密兵器」に挙げた意外な名前

  4. 9
    WBCの試合後でも大谷が227キロのバーベルを軽々と持ち上げる姿にヌートバーは舌を巻いた

    WBCの試合後でも大谷が227キロのバーベルを軽々と持ち上げる姿にヌートバーは舌を巻いた

  5. 10
    裏金自民に大逆風! 衆院3補選の「天王山」島根1区で岸田首相の“サクラ”動員演説は大失敗

    裏金自民に大逆風! 衆院3補選の「天王山」島根1区で岸田首相の“サクラ”動員演説は大失敗