「ヨーロッパの看板図鑑」上野美千代 写真・文

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 ヨーロッパの街を旅する楽しみは、世界遺産巡りに始まり、歴史のロマンが漂う歴史地区散策、美術館や博物館での名作との出合い、そしてグルメやショッピングまで、人それぞれだろう。

 旅の途中、ナビやマップを頼りに目的地に向かう時、ふと目線を上げ、美しい通りをゆっくり歩いてみることを著者は勧める。なぜなら、そこには名もなき職人たちによる凝った意匠の看板などのときめきを感じさせてくれるアートがあふれているからだ。

 本書は、著者がそうして旅先で見つけた魅力ある看板の写真集。

 看板は、いにしえの時代から存在するが、中世になると異国からの旅人にも一目で何屋か分かるような象徴的な図柄が取り入れられるようになった。まずはそんな言語や文化を超えてすぐに分かるデザインの看板が職業別に並ぶ。

 お菓子屋やパン屋の看板を集めたコーナーでは、スイス・シャフハウゼンの街角で見つけた今まさに焼きあがったばかりのパンを石窯から取り出している職人をかたどった影絵風をはじめ、ハンガリー・センテンドレの包み紙にくるまれた形の異なるキャンディーをステンドグラス風に仕立て上げたものや、プレッツェルの独特な結び目の形をそのまま形にしたものまで、確かに一目見ただけで理解できる「吊り看板」がずらり。

 チェコのプラハの棒に巻き付けたパンや、リトアニア・ビリニュスのクロワッサンと思われるオブジェ風看板などもなかなか味わいがあるが、中でも目を引くのは、フランスのル・カステレのお菓子屋さん。黄色い壁に、大きなアリンコが張り付いている。確かにアリは甘いものを連想させる。一匹はギターを奏でており、何ともユニークで写真を見ているだけでお店をのぞきたくなるから効果は抜群だろう。

 それ自体がオレンジの形をしているデンマーク・コペンハーゲンのジューススタンドや、天使と悪魔をデザインしたようなハンガリー・ブダペストのレストラン、ドラゴンが傘のオブジェをくわえたイタリア・ベネチアの傘屋のそれは芸術品の域に達している。

 他にも、十字またはヘビがモチーフとなった薬局や靴屋、理美容など、さまざまな業種の工夫を凝らした看板を網羅。

 もう存在しない店の看板があえてそのまま残されている場合もあるという。フランス・アルザス地方のコルマールには、同地出身の画家アンシがデザインした繊細な看板が今も街角を彩る。中には、100年近くも経っているものもあり、その場所になくてはならない存在になっているという。

 看板だけでなく、入り口の扉全体がメニュー黒板になっているマルタ島バレッタの飲み屋や、建物の壁面を利用して描かれたフランスのル・ピュイ=アン・ビレの壁アート、そしてドイツのクリスマスマーケットの露店のきらびやかな飾り付けまで。図鑑という書名にふさわしく膨大な写真を収録。

 見ているだけでヨーロッパの街並みを歩いている気分にさせてくれる。

(光村推古書院 2800円+税)

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