「アニメのワンシーンのように。」Akine Coco著

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 その目で見たこともない風景、行ったこともない場所なのに、なぜか懐かしさや愛おしさ、切なさを感じる景色。そんなアニメの中で描かれるシーンのような写真がSNSで人気の著者の作品集。

 夏を舞台にしたアニメには必ずといっていいほど登場する青い空と大きな入道雲のシーン。同じ青空と入道雲でも、遠くに見える山並み(写真①)や、ダイナミックな空の模様をそのまま映す田んぼ、さらには大きな川の土手越しに見るそれや、はたまた同じツートンでデザインされた道路標識など、一緒に写り込むものによってさまざまな印象を伝える。

 他にも、いつの時代のものなのか、畑の中にそびえる大樹に守られた小さな社(写真②)や、寄り道を誘っているかのようにS字にくねり曲がった小道、大切に守られていることが分かる山の中の古びた神社、知る人ぞ知るつり橋や両側から木々が迫る切り通しの道、そして錆びて朽ち果てかけた廃バスなど、少年時代の夏休みに泊まりに行った祖父母が暮らす田舎で見たような風景。そんな体験がなくとも、さまざまなアニメで心に刷り込まれたような風景の写真が並ぶ。

 その風景の中にいる自分や、好きなキャラクターを妄想しているうちに、物語が始まるような気配さえ感じる。

 やがて空が茜色に染まり出し、はちみつ色の空を大きな鳥がねぐらに帰っていく。

 そして音もなく夜が到来し、いつの間にか町は霧に包まれ、いつもは砂漠のオアシスのように存在感を放つコンビニもぼんやりとしている。

 これは順調に進んできた物語にほころびが見えてきた予兆だろうか。

 写真の中の風景に刺激され、妄想が果てしなく広がり、さまざまなストーリーが交錯する。

 虫捕り網を持った少年や農作業をする初老の男性、町を歩く通りすがりの男性、そして、夕焼け空の下で幼子を抱く女性ら、人物が写り込んだ作品は数えるほどしかない。ゆえに読者は、作品の中で自由に遊ぶことができる。

 他にも、小さな飲み屋が集まった路地に漏れる優しい光、路面電車の線路がアクセントになった朝焼けの町、カーブミラーに切り抜かれた青空、ガレージの軒先につり下げられた洗濯物、絵本に出てくるような「とんがり耳」がある建物、そして昭和のまま時間が止まってしまったような商店など。

 作品の多くは著者が暮らす福井で撮影されたもの。福井は何もない場所だが、「『何もない』がある県」だとも著者は言う。「何もないからこそ、何気ない風景に魅力を感じることができたのだ」と。

 アニメのモデルとなった場所を訪ねる「聖地巡礼」がいまや全盛だが、本書はまだ誰にも侵されていない、絶対的な聖地を集めたバイブルともいえる。

 (芸術新聞社 2750円)

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