「近親殺人 そばにいたから」石井光太著

公開日: 更新日:

 東京都内のマンションの一室に、ゴミと糞尿にまみれた初老の女性の遺体があった。死因は餓死。30代の娘2人と同居していたにもかかわらず、母親はなぜこのような死に方をしなければならなかったのか。(「介護放棄」)

 住宅街の一軒家。66歳の父親は眠っている息子の首を電気コードで力いっぱい絞め続けた。25年間引きこもっていた40歳の息子は、ようやく逝った。枕元にそのまま座り込んだ父親は、死に顔を30分間見つめた。(「引きこもり」)

 この2つの事件の他に「貧困心中」「家族と精神疾患」「老老介護殺人」「虐待殺人」「加害者家族」、計7件の近親殺人事件の真相を追ったノンフィクション。公判での被告人質問や証人尋問が活字で再現され、どうしようもなく追いつめられていく当事者の焦りや恐怖や絶望が伝わってくる。殺すか、殺されるか、一緒に死ぬか。家族だけの袋小路で近親殺人が起こる。

 日本で起きている殺人事件は、年間およそ900件。その半数以上が親族間で起きているという。原因は7つの事件のタイトルが示すような社会問題と深く結びついている。さらに、家族が抱える特有の問題が複雑に絡み合い、殺人にまで至ってしまう。冒頭に挙げた「介護放棄」の場合、子供の頃から母親にいじめ同然の扱いをされ続けた長女は、母親を憎んでいた。母親を1人で介護することになった次女はその重さに耐えられなかった。姉妹は「まじ消えてほしいわ」と言い合うようになり、2人そろって母親を放置した。

「引きこもり」の場合、母親に対する息子の暴力が、命の危険を感じさせるほどひどかった。それでも父親は息子を愛し、献身的に支えた。しかし、限界が訪れる。家族を守ろうとする強過ぎる責任感が、不幸な結末を招いてしまった。

 どの事件も重い。自助努力ではどうにもならないことがあるという無言の叫びが聞こえてくる。

(新潮社 1650円)

【連載】ノンフィクションが面白い

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    高市政権の物価高対策「自治体が自由に使える=丸投げ」に大ブーイング…ネットでも「おこめ券はいらない!」

  2. 2

    円安地獄で青天井の物価高…もう怪しくなってきた高市経済政策の薄っぺら

  3. 3

    現行保険証の「来年3月まで使用延長」がマイナ混乱に拍車…周知不足の怠慢行政

  4. 4

    ドジャース大谷翔平が目指すは「来季60本15勝」…オフの肉体改造へスタジアム施設をフル活用

  5. 5

    実は失言じゃなかった? 「おじいさんにトドメ」発言のtimelesz篠塚大輝に集まった意外な賛辞

  1. 6

    佐々木朗希がドジャース狙うCY賞左腕スクーバルの「交換要員」になる可能性…1年で見切りつけられそうな裏側

  2. 7

    【武道館】で開催されたザ・タイガース解散コンサートを見に来た加橋かつみ

  3. 8

    “第二のガーシー”高岡蒼佑が次に矛先を向けかねない “宮崎あおいじゃない”女優の顔ぶれ

  4. 9

    二階俊博氏は引退、公明党も連立離脱…日中緊張でも高市政権に“パイプ役”不在の危うさ

  5. 10

    菊池風磨率いるtimeleszにはすでに亀裂か…“容姿イジリ”が早速炎上でファンに弁明