「Wild boar 知られざるイノシシの『棲』」 矢野誠人著

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 山から下りてきては農作物を荒らすイノシシは、多くの人にとって害獣以外のなにものでもない。また、長年、狩猟の対象でもあったために他の動物よりも警戒心が強く、母イノシシは子供を守るために人間を襲うこともある。さらに、泥浴びを頻繁にするため、その泥だらけの外観から不潔な動物というイメージが定着してしまっている。

 そんな嫌われ者のイノシシが、実は「穏やかで優しく、美しい」魅力的な存在であることを教えてくれる写真集。

 著者も多くの日本人と同様に悪いイメージしか持っておらず、2012年、初めて出合ったときの印象は「怖い」だった。しかし、数カ月かけて観察すると、イメージとは真逆の光景ばかりを目にした。のんびりしていて、とても臆病で。猪突猛進といわれるが、縄張り争いや、身の危険を感じた時以外走っている姿も見ない。

 しかし、彼らの撮影は困難を極めたという。においを覚えてもらい、害のない存在だと許容してもらうまで、同じ時間、同じ場所に一日中座って待つことを2年間繰り返したそうだ。

 そんなある日、イノシシを追って急勾配の獣道に入ったら、置いていかれ、追跡は諦めかけたときに上を見上げると、イノシシがこちらをじっと見ていた。イノシシに認められたと思った瞬間だったという。その年の春、初めてうりぼうの姿も見せてくれた。

 著者に遭遇したうりぼうたちは、怖いからすぐに草むらに身を隠した。母イノシシが「この人は安全だから出ておいで」と言うかのように鼻を鳴らすと、草むらから再び姿を見せたという。

 そのようにして撮影された野生のイノシシたちの1年を追った作品が並ぶ。

 ページを開くと、まず飛び込んでくるのは、著者の様子を木の陰からうかがう大人のイノシシだ。一瞬、警戒心に満ちたその鋭い眼光にひるむが、次のページからは著者の言う通り、想像もしていなかったイノシシたちの日常の姿が次々と現れる。

 初夏、苦手な川をきょうだいで恐る恐る渡るうりぼうたち。かと思ったら増水した川を1匹で必死に渡るうりぼうの姿も。何よりもその跳躍力のすごさとアニメのキャラクターのような愛らしい造形に心を撃ち抜かれる。

 木陰での授乳、そして子育てに疲れたのか、地面に寝そべりぐったりした様子の母イノシシなど、ほほ笑ましい母子の姿が続く。

 秋、イノシシたちは厳しい冬に備え、せっせと森の実りを口に運ぶ。

 そして春が来ると、イノシシたちは新たな命の誕生に備え、巣作りなどの準備を始める。

 母親とその娘のイノシシが並んで寝ころび、それぞれの子どもに乳を与えている珍しい光景もある。うりぼうはドリンクバーのように双方を行ったり来たりしながら乳を飲んでいたという。

 朝日に照らされる神々しいまでの存在感を放つイノシシ。その毛並みをアップで見ると、ウエーブがかかりとてもきれいだ。

 驚くことに撮影地は大都市の神戸にもほど近い兵庫県の六甲山中だという。人間のすぐそばで暮らすイノシシたちの知られざる素顔を活写した力作だ。

(大空出版 1980円)

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