「ぼけますから、よろしくお願いします。 おかえりお母さん」信友直子著

公開日: 更新日:

「お母さん、その話、もう昨日聞いたわ」

 娘がそうツッコミを入れると、電話の向こうで息をのむ気配。その一瞬の沈黙が、娘を恐怖に陥れた。離れて暮らす母の認知症が始まっていた。

 両親の老老介護を記録したドキュメンタリー映画「ぼけますから、よろしくお願いします。~おかえりお母さん~」の監督、信友直子が、両親と自分を見つめた家族の物語である。

 母の異変に気づき、東京から広島県呉市の実家に帰った娘は、父の変貌ぶりに驚く。

「わしがおっ母の面倒をみる。人の世話にはならん」。地味なサラリーマン人生を送り、家事などしたことのなかった父が、90代も後半になって、認知症になった9歳年下の妻をいたわり、支えている。実に度量の大きい、いい男になっているではないか!

 一方、前向きで、社交的で、完璧な主婦だった母が、幼児のように感情をあらわにし、父に甘え、母という役割を捨てた生々しい生き物になってしまった……。大好きな母を、努力しなければ愛せなくなってしまった娘は葛藤する。

 やがて父の頑張りも限界に。夫婦でひきこもり状態なのに、両親は頑固に介護サービスを拒絶する。遠距離介護の娘は気が気ではない。

 介護経験者なら身につまされることばかり。でも、つらい現実の中に60年連れ添った夫婦の愛があふれる。ほっこりしたぬくもりと笑いがある。

 2020年、母は脳梗塞を起こし、92歳で永眠。倒れてから遺骨となって帰宅するまでを記録した続編「ぼけますから、よろしくお願いします。~おかえりお母さん~」が3月末から全国で順次公開されている。

 生きるとは、老いるとは、死にゆくとは? 老い衰えた両親は、娘のカメラの前にすべてをさらし、大事なことを世の中に伝えてくれている。

(新潮社 1450円)

【連載】ノンフィクションが面白い

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    新生阿部巨人は早くも道険し…「疑問残る」コーチ人事にOBが痛烈批判

  2. 2

    阿部巨人V逸の責任を取るのは二岡ヘッドだけか…杉内投手チーフコーチの手腕にも疑問の声

  3. 3

    阪神「次の二軍監督」候補に挙がる2人の大物OB…人選の大前提は“藤川野球”にマッチすること

  4. 4

    阪神・大山を“逆シリーズ男”にしたソフトバンクの秘策…開幕前から丸裸、ようやく初安打・初打点

  5. 5

    巨人桑田二軍監督の“排除”に「原前監督が動いた説」浮上…事実上のクビは必然だった

  1. 6

    創価学会OB長井秀和氏が明かす芸能人チーム「芸術部」の正体…政界、芸能界で蠢く売れっ子たち

  2. 7

    阪神の日本シリーズ敗退は藤川監督の“自滅”だった…自軍にまで「情報隠し」で選手負担激増の本末転倒

  3. 8

    大谷翔平の来春WBC「二刀流封印」に現実味…ドジャース首脳陣が危機感募らすワールドシリーズの深刻疲労

  4. 9

    大死闘のワールドシリーズにかすむ日本シリーズ「見る気しない」の声続出…日米頂上決戦めぐる彼我の差

  5. 10

    ソフトB柳田悠岐が明かす阪神・佐藤輝明の“最大の武器”…「自分より全然上ですよ」